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第4話:不適材不適所

「適材適所」という言葉がある。

文字通り適した場所へ適した人材を配置するという意味だが、仮名頭(かながしら)リンは自分の境遇を「不適材不適所」だとずっと思っている。

リンは幼い頃から刑事になりたかった。

彼女は物心がつくかなり前から正義感が強く、この性分を世の中のために活かしたいと考えていたのだ。

しかし、現実は甘くない。

正義感だけで世界が平和になるほど人間社会が単純なものでないことをリンが身をもって知るようになるまで、そんなに時間はかからなかった。

そして、彼女は自分が刑事という職業に向いていないことを悟る。

学校の成績は決して悪くないが、身体能力が低い。

何よりも世渡りが致命的に下手である。

そのため、彼女は人間関係の構築にも苦労して育っており、学生生活を通して友人と呼べる存在も数えるほどしかいない。

(あまり友達のいない私が刑事になんてなれるわけない。それどころか普通の社会人だって私には無理かも…)

仮名頭リンの自己分析である。

ところが、彼女は刑事になるという夢を叶えた。

それが自分の能力で勝ち取った夢ではないことを、誰よりも自覚している。

所謂親のコネというやつだ。

娘を刑事にするために父親のジンがどれだけのことをしたのか、そのことを思うとリンは自己嫌悪に陥る。

いっそ、「リンには刑事なんて向いてない。他の仕事を見つけなさい」とズバリ言ってくれた方がよっぽど幸せだった。

リンの思う「不適材不適所」は、彼女が刑事になってから現在に至るまでつきまとっている。

リンが刑事の資質という点でクリアしているのは正義感のみだからだ。

悪いことに、それはマイナスに働くこともしばしばだ。

だから、彼女は捜査一課の爪弾き者にされた。

露骨に嫌がらせをされたり無視されているわけではない。

ただ、”その場にいない者”として扱われているのだ。

例えるなら、鬼ごっこで鬼に捕まっても決して鬼にならない者、それが職場におけるリンの位置付けである。

故に当務(24時間拘束勤務)をする必要がないので、リンは日勤しかしたことがない。

けれども、いくら”その場にいない者”であっても、流石に捜査に組み込むのは課長の田代(たしろ)が良しとしないため、リンは捜査員にはなれない。

それは彼女も自覚している。

リンは場の雰囲気を乱さないように、常にお茶の給仕やコピー取りなどの雑務をこなしているのだ。


今日も憂鬱な気分で出勤したリン。

昨夜の悪夢としか言い様のない出来事もあってか、普段以上に冴えない表情をしている。

「おはようございます…」

消え入るような声で挨拶をしながら課室へ入るリンを、一瞥する田代。

「おはよう」

田代は形だけの挨拶をすると、すぐに机上のパソコンへと視線を移した。

「仮名頭さん、おはようございます!」

元気に挨拶をしてきたのは常田(ときた)シロウだ。

常田は24歳で、リンの後輩刑事である。

筋骨隆々の体つきをした好漢で、既にいくつかの事件で実績を上げている成長株だった。

(私も常田君みたいに自分をアピールできたらいいのにな)

リンは常田を眩しそうに見つめたが、視線が合わないように顔を逸らす。

「ちょっと疲れてるみたいだな。大丈夫か?」

そう声をかけてきたのは先輩刑事の松ヶ谷(まつがや)ミツオである。

松ヶ谷は現場で叩き上げてきた実力派の刑事で、特に人物の観察眼に定評があった。

極力職場の雰囲気を乱さないようにしているリンの心境にも気づいている節が窺え、時折アドバイスをくれる。

それも彼女のことを慮ってか、シンプルに短い言葉が多かった。

リンは自分を気にかけてくれる彼に感謝しつつ、それが迷惑になっていないかばかりを考えている。


程なくして朝のミーティングが行われ、未解決の殺人事件に関する継続捜査が主な内容だった。

リンは当然捜査に参加せず、課室内のテーブル拭きなどの雑務を淡々とこなす。

松ヶ谷と常田がコンビを組んで捜査へと出て行ったが、常田がリンを心配そうに見ていたことに彼女は気づかなかった。

(灰皿を掃除しないと)

リンは、M県警外周の喫煙所に設置されている灰皿を片づけるべく課室を出た。

本来は清掃員の仕事なのだが、課室の掃除だけでは間が持たず、ちょうど良い時間つぶしとしてたまに灰皿掃除をしているのだ。

リンが喫煙所に着くと、そこでは別の課の刑事二人がタバコを吸いながら噂話をしていた。

彼女は二人を邪魔しないように、庁舎の角の陰に隠れる。

「一課も大変だよなぁ。あのポン子ちゃんを抱えているなんてよぉ」

「実家が太いのはいいけど、肝心の本人があのザマじゃねぇ」

「顔だけは可愛いんだけどな。アハハハッ!」

二人の馬鹿にしたような笑い声が響く。

刑事たちの噂話が自分のことを言っているのだとリンはすぐに気づいた。

(ポンコツだからポン子ちゃんか…)

自分が捜査一課のお荷物であるのは重々承知している。

しかしながら、リンは現状を打破できる術を見つけることができない。

「クッ…」

慌ててその場を走り去るリン。

そして、一目散に庁舎1階の警察関係者専用女性トイレに入った。

「ウッ、ウッ…」

個室の中でリンは嗚咽を誰かに聞かれてはいけないとハンカチで口を覆いながら泣いた。

左肩に奇妙な物体が宿っていることも忘れてしまうほどに泣いた。

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