第3話:人面瘡の告白
「まずは貴女にお詫びをしないといけません。お名前を教えていただけますでしょうか?」
双と名乗る人面瘡は丁寧な言葉遣いで話を続けている。
化け物に似つかわしくない物腰が、却って仮名頭リンの心に違和感を生じさせた。
「仮名頭…リン」
双の思いなど受けとめる義理も何もないのだが、リンは諦めて名前を呟いた。
「カナガシラリンさん。素敵な名前ですね!おいくつですか?あ、失敬。女性に年齢を訪ねるのは失礼でしたね。リンさんは何をされている方なのでしょう?」
リンはマッチングアプリやお見合いパーティーなどの類をやったことがなかった。
それでも、テンプレートのような男女の出会いの挨拶を自身の左肩に宿った化け物から聞かされると、身じろぎをせずにはいられないリンだった。
「黙秘するわ」
刑事の自分が人生で言うはずがないと思っていたセリフしか出てこない。
「そう…ですよね。急に人面瘡から話しかけられても不信感しかないですよね。わかりました。リンさんは話さなくて結構です。お詫びを兼ねてこのような状況になったいきさつを話させてください」
双という人面瘡の口調はあくまで穏やかで丁寧なものである。
「まずは貴女に不快な思いをさせてしまっていることをお詫びいたします。本当に申し訳ございません」
そして、双の顔立ちは非常に端正であり、表情も柔和なのだ。
リンは人面瘡がイケメンというギャップに驚いていた。
「とはいえ、私も自分が人面瘡になった理由や経緯を全て知っているわけではありません。ですから、私が知っていることのみお話しますね。まず、私は元人間です。過去に犯した罪の償いとして人面瘡になるという罰を与えられています」
リンの想像の遥か上を行く双の独白が始まった。
「ただし、私の人間時代の名前、どのような人生を過ごしたか、そして肝心の私の罪状については一切覚えていないのです。おそらくは私を罰した悪魔王が私の記憶を消して、刑に服することのみを強いているのでしょう」
双の表情が次第に曇っていく。
「私が服している刑、それこそが『 人面瘡無限ループの刑』なのです」
双の告白が荒唐無稽過ぎてリンの理解が追いつかない。
「私は人間時代に余程の罪を犯したのだと思います。けれども、私には人生を賭してやらなければならない使命のようなものがあったような気がするのですが、それが何だったのは思い出せません…。いずれにしても、死後に執り行われた私の『人間裁判』にて悪魔王はこの過酷極まりない刑罰をお与えになったのです。」
双の目に涙が浮かんできた。
「私の刑は、何度生まれ変わっても人面瘡になってしまうというものです。取り憑く対象は女性です。何故女性限定なのかはわかりません。もしかすると人間時代の使命に関わっているのかも。私は取り憑いた女性と共に人生を歩み、その方の命の灯が燃え尽きたと同時に新たな女性のもとへと赴き続けます」
「ちょっ、ちょっと待ってよ」
ここまで双が告白したところで、ようやくリンが口を開いた。
「アナタは私が死ぬまでずっと左肩に居続けるってこと?」
「おっしゃる通りです。ですから、私は今後はばかりながらリンさんの人生にお力添えできるよう努めてまいります」
「いや、勝手に決めないで!そもそも、私が人面瘡に取り憑かれたのは何でよ?」
リンの口調が荒くなる。
「それは私にもわかりません。貴女は私の刑の巻き添えになったのだと思います。乱暴な言い方をすればとばっちりですね」
「納得できるわけないでしょ!」
「お気持ちお察しいたします。先程も申し上げたように、私は貴女の人生のお役立ちになるべく尽力いたします。それでこの不条理を受け入れてはいただけないでしょうか?」
「受け入れられるわけない!」
リンは車内にも拘わらず外に聞こえんばかりの大声を上げた。
それからリンはどのようにして帰宅したのか覚えていない。
ただ、失意のどん底で眠りに落ちたのは確かだった。
「ピピピ、ピピピッ…」
「ハッ…!」
目覚まし時計の音で起きたリンは、真っ先に左肩を確認した。
泣きはらした影響なのか両目が粘ついている。
「おはようございます、リンさん」
やはり双が自分に取り憑いている。
双は爽やかな笑顔でリンに挨拶した。
「もう、夢なら覚めてよ!」
こうして、仮名頭リンと人面瘡の双との奇妙な生活が幕を開けた。




