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第2話:仮名頭リンの受難その2

第2話:仮名頭リンの受難その2


(マジで恐怖を感じた時、人は気を失うって嘘だったの?)

仮名頭(かながしら)リンは、今まさに相談を絶する恐怖を体験している。

1ヶ月程前に彼女の左肩に現れた発疹が、握り拳大の男性の顔に変化したからだ。

さらに、その物体は人間の言葉を話す。

これ以上の絶望と恐怖があろうか!

(潰さないと!)

この不気味な物体を生かしていては自分が失われてしまう。

それは人間というよりも生物としての本能だったのかも知れない。

リンはペン立てからハサミを取り出し、一気に左手に突き立てた。

すると、バキンッという金属音がしたので、彼女は見たくなかった物体を凝視せざるを得なくなった。

「ムグ…ムググウッ!」

男性の顔をした物体がハサミの刃を噛んでいる。

「モゴッ…モゴゴ!」

物体は何かを言いたげなのだが、刃が邪魔で意味不明な音しか出ない。

「何なのよ!消えて!」

リンは物体からハサミを引き抜いて、再度それに刃を突き刺した。

しかしながら、物体が歯で受けとめてしまい潰すことが叶わない。

「何よ!消えろって!キモいって!」

リンの言葉遣いが乱暴になっていく。

必死にハサミをグイグイと動かすものの、物体の嚙む力が予想外に強いため膠着状態となった。

物体は噛んだハサミを思いきり左右に振る。

「キャッ!」

それはリンの手からハサミを離すのに十分な勢いだった。

そして、ハサミは物凄いスピードで壁にグサリと刺さった。

「ハァハァ…」

リンの荒い息遣いが室内に響き渡る。

「少し…落ち着いてください」

物体の声が彼女の耳に届いた。

その声は優しさと生真面目さを湛えたものであり、普段のリンであれば決して悪感情を抱く類のものではない。

けれども、今の彼女にとって左肩に宿った物体は単なる邪魔者に過ぎなかった。

これまで自分の人生で培ってきた経験や常識が一切通じないであろう相手にリンは戦慄する。

「もうやだっ!」

リンはクローゼットを開け、抽斗からバスタオルを取り出した。

それを左肩に乱暴に巻き付けると、外出用のトレーナーとデニムパンツを穿いて部屋から出る。

「あら、どこへ行くの?」

家でSNS動画配信の仕事をしていた母親のレンがリンに声をかけた。

「ちょっとドライブに。すぐに戻るから」

「ドライブ?こんな夜中に。明日勤務でしょうに」

レンは訝しげに娘を見送った。


彼女は無我夢中で愛車であるピンク色の軽自動車を運転すると、救急外来を受け付けているS市立病院へと向かった。

リンは外科手術で物体を切除してもらおうと思ったのだ。

結論から言うと、彼女の試みは失敗に終わった。

リンが病院にて当直の医師に左肩を見せた時、物体の姿どころか発疹まで消えてなくなっていた。

彼女の懸命の説明も荒唐無稽過ぎて医師や看護師の信用を得るには至らない。

「大変失礼ですが、精神科か心療内科を受診なさったほうが良いのでは?」

一番聞きたくなかった医師の言葉が、元々気弱なリンの気持ちに楔を打つ。

かくして、リンの行動は徒労に終わってしまった。

絶望したリンはまっすぐ家に帰らず、車をコンビニの駐車場に停めて考え事をしていた。

「どうしよう」

彼女はハンドルを握りながら顔を沈める。

(取らなきゃ…けど、どうしてさっきは顔がなくなったの?)

リンは見たくない左肩を確認すべく、トレーナーの肩口を捲って巻いていたバスタオルを取ろうとした。

「先程はすみませんでした。大丈夫ですか?」

その刹那、物体の声が聞こえてきた。

「ヒィッ!」

リンは恐怖に慄く。

「少しだけ私の話を聞いてください」

物体は穏やかに語りかけた。

「まずはバスタオルを外して。そして、気持ち悪いのはわかりますが、どうか私を見てください」

リンは半ば諦めたようにトレーナーから左肩を露出させ、巻いていたバスタオルを取った。

「ありがとうございます」

物体がお礼を言う。

「私の名前は(そう)。所謂人面瘡です」

(人面瘡?何それ?)

少し冷静さを取り戻して聞く耳を持っていたつもりのリンだが、予想だにしていない物体の自己紹介に思わずのけぞってしまうのだった。

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