第10話:ノックアウト強盗事件その1
国分尼寺ジュンコとの会話を終えた仮名頭リンの気持ちはどこか晴々としていた。
今日からまたいつも通りの日常が始まるのだが、リンは自分がひとりぼっちではないことを知り、仕事の上で自分のできることをコツコツと確実にやろうと決意したのである。
「おはようございます」
リンがM県警捜査一課課室に入ると、室内は騒然としていた。
「おう、仮名頭。早速で悪いが捜査会議に参加してくれ」
ぶっきらぼうな調子の田代課長の言葉が飛んできた。
「私が?捜査会議にですか?」
リンは驚きを隠せない。
彼女はお荷物扱いされてきて、これまで会議に参加させてもらえなかったからだ。
「人手が足りないんだ。冗談ではなく猫の手も借りたい。猫より役に立つだろう?」
田代の口調と言葉は嫌味極まりなかったが、リンは初めて自分が仕事上で必要とされていることを感じ取る。
「わかりました。ありがとうございます!」
急いで自分のデスクに向かい、ノートパソコンを取るなど準備に入るリンだった。
「S駅東口でノックアウト強盗があった。これから捜査本部が立ち上がる」
リンに声をかけたのは松ヶ谷ミツオだ。
「強盗…」
「詳細はこれからの会議で聞け。君の存在をアピールするチャンスだ」
「はい!」
リンは先輩刑事の気遣いを嬉しく思った。
捜査会議が終わり、急ぎ足で捜査へ向かおうとする刑事たちの中にリンもいる。
事件の概要は次の通り。
『3月〇〇日午前3時頃、S駅東口の高速バス乗り場付近で男性が頭部から血を流して倒れているところを巡回中のS駅警備員が発見。被害者の氏名は佐渡池タカシ、年齢54歳。職業はS市内にある中堅建設会社社長。昨夜は地元ゼネコン経営者たちの懇親会に参加、二次会でS駅前東口のキャバクラで酒を飲んだ帰り道に襲われたもよう。キャバクラを出たのが午前1時過ぎで、その後一人で近くのラーメン屋にて食事をしたところまでは足取りが取れている。当日の服装はグレーのスーツにノーネクタイで白いY シャツを着用、薄手の黒いロングコートを着ていて、手に財布や携帯電話の入った黒のセカンドバッグを所持していたが、セカンドバッグがなくなっていた。佐渡池さんは背後から何者かに凶器で殴られており、意識不明の重体。現時点で目撃者なし」
捜査本部では各刑事たちが佐渡池さんの足取りを追う第1班、佐渡池さんの周囲を捜査する第2班、そして目撃者を探す第3班に別れた。
リンは第3班に配置され、常田シロウとのコンビで東口周辺の施設の防犯カメラ画像確認を担当することとなった。
「よろしくお願いします、仮名頭さん!」
常田は笑顔でリンに挨拶をする。
「よろしく…お願いします」
(圧が強いなぁ…けど、頑張らなくちゃ)
リンは少し戸惑いの表情を見せながらも、初めての本格的な捜査参加へと決意を新たにした。
「仮名頭さんのお家ってお金持ちですよね?」
「えっ?」
防犯カメラを確認するため徒歩でとある商業施設へと向かう途中、常田が唐突に話しかけてきたことでリンは狼狽えた。
まさか自分の家のことを訊かれるとは思わなかったからだ。
「だってほら、お父様は仮名頭グループの社長でお母様は美容の分野で有名な方じゃないですか。凄いなぁと想いますよ」
自分のプライベートな部分に常田が立ち入ろうとしたことで、リンの気持ちが硬くなる。
「それって捜査に必要なことですか?」
リンにとって常田は後輩だが、実績の点では彼の方が上なので、彼女は敬語で受け答えをした。
その言葉には明かな検が漂っている。
「アッ…すみません!失礼しました。いや、仮名頭さんとまともに話をするのが初めてだったのでどんなことを話せば良いか考えているうちにご実家の話が取っ掛かりとしてベストだと思っちゃって…本当にごめんなさい!」
常田は申し訳なさそうに何度も頭を下げた。
「こちらこそ言い過ぎてごめんなさい…」
常田が決して悪気があってプライベートの話をしてきたわけではないことを知ったリンだった。
その後、リンと常田は駅前東口にある商業施設『A』に着いた。
常田が事前に防犯カメラを確認させてほしいという電話を入れていたので、二人はすぐに防災センターへと通された。
「こちらが防犯カメラのモニターになります。画像の切り替えやズームはこちらのキーボードを使ってください」
「ありがとうございます」
防災センターの警備員から簡単な説明を受けた常田は早速カメラを確認し始めた。
リンは彼の後ろで映像を見つめている。
「あれ?」
常田が施設内の地下駐輪場の画像を映し出した時、リンはある違和感を覚えた。




