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第9話:微変化

翌朝、仮名頭(かながしら)リンが出勤の準備を済ませて自室から出ようとした時、(そう)が声をかけてきた。

「リンさん、お出かけ前に大変失礼します」

「うん、どうしたの?」

リンは、双の顔を見るためにジャケットを脱ごうとした。

「お急ぎでしょうからそのままで結構ですよ。手短に話しますね。私はしばらくの間姿を現さずに貴女が今現在置かれている状況を確認します」

「私の状況?」

リンが疑問の表情を浮かべる。

「はい。リンさんが何に悩み、その原因がどこにあるのかを調べさせてください。その上で、憚りながらお役立ちできる助言などさせていただければと考えています」

「わかった。ありがとう、双さん」

を本気でサポートしようとしてくれていることが嬉しいリンは左肩に向かって微笑みを見せた。

「リンさん、あと一つお願いがあります」

「うん?」

「次の休日に国分尼寺(こくぶんにじ)ジュンコさんとお会いすることをお勧めします」

(私の今一番したいことがわかるの?)

何故か嬉しさが混じった驚きで言葉を出せないリンだった。


「おはようございます」

リンは捜査一課室に入ると、まっすぐに田代(たしろ)課長のデスクへと歩を進める。

「課長、昨日は急なお休みを承諾していただきありがとうございました」

深々と頭を下げて突然の欠勤を謝罪するリン。

田代はいつものように彼女を一瞥すると、すぐにパソコンに視線を移して何やらカタカタとキーボードを打ち出した。

「まぁ、すぐに出てきてくれて良かったよ。今日も無理しなくてもいいから」

田代の言葉の抑揚は冷淡さを湛えていた。

相変わらず自分が必要とされていないことにリンは一瞬落ち込みを見せる。

「ご配慮いただきありがとうございます」

ところが、彼女は落ち込んだ様子を見せないようにして一礼し、自分のデスクに座ると溜まっていた書類の整理に黙々と取り組み始めた。

松ヶ谷(まつがや)さん」

リンの様子を見ていた常田(ときた)シロウが、隣に座っている松ヶ谷ミツオに小声で話しかける。

「何だ?」

「仮名頭さんがいつもと違う気がするんですが」

「そうか?」

「ええ、どこかスッキリとした表情であんな雑務をしているなんて今までの仮名頭さんじゃありえなくて」

「ふむ…」

松ヶ谷は常田の話題にあまり乗り気でない素振りを見せて机上のコーヒーカップを口へと運ぶ。

(その勘の良さを捜査に生かせるようになればな…)

先輩刑事は常田の心情を敏感に察知しているようである。


昼休み時間、リンは自分のデスクで昼食を取っていた。

食べ終えるとスマートフォンを開き、ジュンコへチャットを送る。

『ジュンコ、この間はごめんね』

すると、秒で返信が来た。

『リン!調子どうなの?』

『うん、何とか落ち着いたよ。ねぇ、次の日曜日って空いてる?ご飯食べに行かない?』

素早くメッセージを送るリン。

『もちろん!店は私が予約するよ!』

無機質なメッセージからでもジュンコの優しさが伝わってくる。

リンは珍しく職場で満面の笑みを浮かべた。


次の日曜日、リンとジュンコはS駅前にあるカフェでランチを楽しんでいた。

「ここのガパオライス美味しい!」

喜びの声を上げるリン。

「リンここのガパオライス食べたいって言ってたから予約取れて良かったよ、ここいつも激混みなんだよ」

ジュンコも嬉しそうな表情をしている。

ジュンコはリンと高校時代からの友人で、現在はS駅近くの商業施設内にあるアパレルショップに勤めている。

どこか草食系女子を思わせるシンプルな白いシャツにジーンズという出で立ちのリンとは違い、ハイブランドの黒いブラウスと緑色のスカートという華やかな服装に身を包んでいた。

二人は久しぶりの再会だったため、ひとしきり世間話に花を咲かせた。

デザートの時間となり、リンはレモンティーにチーズケーキ、ジュンコはストレートティーにブルーベリータルトを注文する。

「それでジュンコ、この間のチャットの件なんだけど…」

意を決してリンが口を開いた。

「ごめんね、本当に心配させちゃって。正直何から話せばいいかわからないし、全部を話せないんだ。ただ、私の身体にちょっとした変化があって、それでどうしようもなく落ち込んじゃって…」

リンは双のことを話すべきか迷った。

実は事前に双に相談しようとしたが、その時は

「リンさんにお任せしますよ」

と言われたのだった。

「あなたの存在を明かして困らないの?」

「受けている罰についてのペナルティという意味でしたらないとは言えません。そもそも何がペナルティがであるかわからないのです。ただ…」

「ただ?」

「私の存在をジュンコさんに話すことで貴女の気持ちが落ち着くのであればそうしてください」

「双さん…」

リンは双の気遣いに感謝したが、とりあえず今回は彼のことを明かすのは止める決断をする。

「けど、今は落ち着いたんだ。だから大丈夫。話せる時が来たらちゃんと話したい」

ジュンコはじっとリンの目を見つめて話を聞いていた。

そして、口を開く。

「そっか。わかった。身体の悩みについてはいつ話してくれも構わないよ。それよりリンが元気そうだから安心した。それに…」

「ん?」

「リンちょっと変わったみたい。どこがどうって言えないけど迷ってるとこがなくなったぽいよ」

「そうかなぁ」

「そうだよ」

自分が気づかない僅かな変化を指摘してくれる友達がいることに改めてリンは感謝した。

(だから双さんはジュンコに会うように言ってくれたのかな?)

双への感謝も忘れないリンだった。

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