2. 第一容疑者
フロントで名前を告げ、今日宿泊する部屋のカードキーを貰う。
「荷物置いて少し休憩して1時間後にロビーで集まろう。」
「了解しました。」
「何かあったら事前に教えといた番号に電話してくれ。」
エレベーターで登り、部屋がある階へ向かう。部屋は隣で用意されていたらしく、ドアの前で別れて部屋に入る。
「じゃ、また後で。」
「はい。」
荷物を置き、少し時間ができたが、別にすることもないのでベッドに寝転がって携帯をいじりながらだらだらしておく。
うだうだしてるとすぐに時間が近づいたので持ち歩くべき物をまとめて鞄に入れて確認した上で外へ向かう。
1人エレベーターでロビーへ降り、まだ青石が来てないことを確認して適当なソファに腰掛けて座る。
この後は本格的に仕事だ。そもそも何事もない、なんてことは基本的にない仕事なのでいつものごとく覚悟だけはしておく。
少し待つと青石もエレベーターで降りてこちらへやってくる。
「お待たせしました。」
「いや、さっき降りて来た所だから。じゃあ行くか。」
少し歩き、レンタカーを店で借りる。セダンタイプのどこにでもありそうな車を借りて、今回の被疑者のマンションへ下見に行く。
さぁ、ここからが仕事の時間だ。
幸い被疑者のマンションの斜め前にコインパーキングがあったため、そこに車を止める。
「資料は目を通してると思うけど、一応認識を合わせよう。」
「はい。」
「市内の一軒家に住む唐橋家で火事が発生した。焼死体の身元は現在確認中だが、恐らく一家全員が死亡した。そして、警察が現場検証中に確認した結果、魔力の痕跡が確認された。」
「痕跡は協会が警察に渡している検査キットで確認したものですよね。魔術が使われれば一定期間残滓が残ると。」
「そう。協会に登録している人間の魔力とは合致しなかったから、犯人は野良の魔術師だ。で、問題はこの痕跡が誰のものかということになる。」
「警察が周辺の監視カメラを調べた結果、犯人の顔は隠れていて人物は特定できなかったが逃げた際に利用した車種は特定できた。そして、犯行時刻付近に現場周辺で何台か同じ車種の車が走っており、まずはその調査から始めると。」
「そう。そして、そのうちの1台がそこのマンションの3階に住む南方優次郎のものだった。あと南方は被害者家族の旦那と同じ中学・高校の出身で知り合いらしい。」
「それ以上の証拠はないのでたまたまの近くを走っていただけの可能性も高いですよね?」
「ああ、その可能性は高いな。ただ、今のところほかに手がかりがなく、車の持ち主達の調査が当面の仕事だ。」
「全員白だったらどうするんです?」
「聞き込みとか捜査自体は警察も継続してやってるらしいからそっちの成果待ちだな。」
「なら、南方が帰ってきたらまずは事情聴取と魔力検査の協力依頼ですか。」
「そうなるな。試験紙は現場に残った痕跡と同じ魔力に反応するよう作られているから反応したら確保、万一応じずこちらを攻撃してきてもそのまま確保だ。」
「検査も拒否して攻撃もしてこなければ?」
「説得してみてだめなら最悪警察呼んで立会いの下無理矢理協力させるしかないな。面倒だからやりたくないけどな。」
「住宅街ですから暴れられるとまずいですね。」
「もし攻撃してきたら理想は無力化して確保だが、自分と周囲の安全優先で。」
「了解しました。」
「よし。じゃああとは被疑者が帰って来るまで待機だ。まだ少し時間に余裕あるからどこか寄りたい所あれば行けるぞ。」
「いえ、大丈夫です。」
しばらく車の中で南方が帰って来るのを待つ。
まだ9月上旬なだけあって日が落ちるのも遅い。日没が過ぎ、辺りが薄暗くなり始めた頃、南方の車がマンションに戻ってくる。
外は日が暮れても暑いがさすがにワイシャツで行く訳にもいかず、ジャケットを羽織って青石に声を掛ける。
「来たな。行こう。」
「はい。」
車から出ようとしている南方は書類で見た通り、30代前半の痩せ型で身長は平均身長程度、短い黒髪はきっちり刈り上げられていて、少し神経質そうな様子が見て取れる。
そして、やはり魔力持ちのようだ。
マンションに入られる前に小走りで近づき、声を掛ける。
「南方さん、突然の訪問申し訳ございません。私、魔術師協会の天沢と申します。少しお伺いしたいことがあり今お時間よろしいでしょうか。」
「魔術師協会?・・・少しだけであれば。」
「ありがとうございます。こちらは青石といいます。」
紹介に合わせて青石が頭を軽く下げる。
「いきなりで恐縮ですが本題に入らせてください。一昨日の夜中にこの近くで火事がありとある一家が亡くなりました。その捜査として警察から依頼を受け、火事の発生前後に家の周囲を走っていた車両の持ち主を調べています。」
「それで私に話を聞きに来たと。」
「ええ。一昨日の夜中に出かけられていたようですが何かご用事でも?」
「いえ、眠れなくて外をドライブしていただけです。」
「ここから東にある大通りを通っていたようですが、何か不審なものなどありませんでしたか?」
「別に何もありませんでしたね。」
「そうでしたか、ありがとうございます。ところで、南方さんはなかなかの魔力をお持ちのようですね。協会には登録されてないようですがよければ理由を聞いても?」
南方の表情が少し不機嫌そうに変わるが、こちらを襲っては来ない。
「・・・ええ、そうですがそれがなにか?私個人としては、協会は信頼できませんので登録していません。そして、記憶が確かならば登録は任意であったはずですが。」
「ご認識の通りです。登録自体は自由ですのでそこに問題はありません。」
「どうも含みのある言い方ですね。そもそも私は火の魔術なんて使えませんが。無辜の市民を疑うよりやることがあるのでは?」
南方の不機嫌さが更に増して口調にも刺々しさが満ちる。
「それは誤解です。登録されてない方には事件があった際に協力をお願いしており、参考として伺ったまでです。」
「さぞかし協会は素晴らしい組織なようですね。貴方と話していてそれが非常によくわかります。それで、結局協力とは私に何をしろと?」
懐からケースを取り出し、入っていた紙を取り出して南方に見せる。
「これが魔力試験紙と言いまして、いわゆる魔力に反応するリトマス紙とのようなもので、通した魔力の質を記憶する機能があります。火の魔術は使えないことは承知しましたが、念のため、これに魔力を通していただけませんか?」
試験紙を南方に差し出しながら反応を伺う。
今のところ、表情から読み取れるのは疑われていることに対する不機嫌さのみで、焦っている様子は見られない。
「わかりました。私も暇ではありませんのでさっさと終わらせましょう。」
南方は躊躇せずに試験紙を受取り、魔力を通した。
そして、試験紙は何も反応せず、変わらず純白の白のまま南方の手元に握られていた。
「何も変わったようには見えませんがこれでよろしいのでしょうか?」
「・・・はい、これで大丈夫です。お忙しい所、協力ありがとうございました。」
「ではこれで失礼します。引き続き市民のためにも捜査をせいぜい頑張ってください。」
南方がマンションに歩き出す。その後ろ姿を見送ってから車に戻る。
「はずれでしたね。」
「まあそんなもんだろ。次に行こう。」
「次はどこにしますか?」
「近くのラージガレージというカー用品店の車が1台リストにあったはずだからそこに行こう。」
「了解しました。」




