5. 音堀祐丞の休日
次の日、今度は昨日音堀が動き出した時間に合わせて、朝食バイキングを食べてから音堀の家近くの喫茶店へと再び時間潰しにやってきた。
もちろん追跡がバレないようにレンタカーの車種も変えている。
そしてしばらく喫茶店で時間を潰すこと数時間。
「動かないな。」
「今日はまだ平日なんですけどね。」
「休みなのか、それとも家で仕事してるのか。どっちだと思う?」
「音堀は見た目からも普通の会社員には思えません。休みなんじゃないでしょうか。」
「俺もそう思う。明日以降は動きあるまでホテルで待機だな。ああ、どうせGPSもつけてるし、連絡だけ取れるようにしてくれれば別に外出してもいいぞ。」
「了解しました。」
そのまま午後になり、ようやく動いたと思ったが音堀の行き先は近くのラーメン屋だった。
食事を終えてからはそのままパチンコ屋へ向かい、数時間程滞在した後に上機嫌で出てきてからそのまま居酒屋へと入っていった。
さすがに時間の無駄だと判断してこの日の監視は終了とした。
結局スーツを来て仕事をしていたのは最初の1日だけで、あとは飲食店やパチンコ屋、サッカー場や雀荘などへ通うばかりであった。
私服と思わしき格好だったことからも2日目以降はプライベートと思われる。
「いやぁ、時間の無駄だったな…。」
「2日目以降は仕事をしてそうな素振りすらなかったですね。」
「結果論だがさっさと捕まえてもよかったかもしれん。」
「拠点は1つなのかもしれませんね。」
「そろそろ1週間が経過するし何かしら動きがあることを祈ろう。」
この日は珍しく音堀が朝からスーツを着て動いたため、少し期待しつつ青石と会話しながら車を走らせる。
音堀は工場とは別の方角へ向かっており、距離を開けつつ追跡する。
すると、音堀の車はとある郊外の倉庫で止まった。
残念ながら周りは畑や一軒家などばかりで上手く監視できる場所がなさそうだったため、通り過ぎざまに青石に動画を撮影してもらって記録に残してから少し離れた場所でGPSの信号を監視することにした。
「倉庫の動画は協会のシステムに上げておきました。」
「わかった。どうやらちょうど音堀も動き出したようだ。」
音堀が倉庫にいた時間は短く、ちょうど車が動き出したので再び追跡を開始する。
しばらく追跡すると見覚えのあるルートを進んでいることに気づいた。
「このルートは初日に通ったな。」
「工場のある方角ですね。」
案の定、音堀は再び工場へと訪れていた。
音堀が大きな段ボールを抱えて車から降りる様子を青石が撮影している。
その光景を見ながら考える。
「どうします?」
「…できれば術具が製造されてる証拠が欲しい。踏み込んで関係なかったらそれまでだからな。」
工場の出入り口らしきものは道路に面した正面と左横の計2つ。窓は目張りされていて中を伺うことはできなさそうだ。
「窓からは何も見えませんね。営業の振りでもして無理矢理中入ります?」
「うーん。」
判断に迷っていると、音堀の両手が塞がっているので中から開けさせるためだろうが、足でドアを蹴っている様子が目に入る。
すると中からジャケットを着た壮年の男がドアを開けて顔を出す。
一言二言交わしてから音堀は開けられたドアから中に入っていった。
そして壮年の男はドアを閉じて中に戻る。
車内に鳴り続けていたシャッター音が止まった。
「…先輩、これ。」
「ん?」
先ほどのドアを開けた壮年の男が写る写真を青石が見せてくる。
一見普通の写真だが、1つだけ大きな問題があった。
青石が指し示す先には男の手があり、その手には指輪がつけられていた。
結婚指輪などであれば問題はないのだが、その指輪のデザインはこの前捕まえた南方やモールを襲った緑口という少年がつけていた増魔環に酷似していた。
「おー、よく見つけたな。じゃあ行くか。倉庫の方は本部に頼んで別の部隊を回してもらおう。」
スマホを取り出し米田さんに電話をかける。
「お疲れさん。音堀はどうだ?」
「お疲れ様です。今別の場所にある倉庫から何かを工場に運んでましたよ。」
「さっきの動画の倉庫か。どうする?」
「工場の中にいる人間が増魔環と思わしき指輪をつけてました。工場はこっちでやりますんで倉庫に部隊向かわせてもらえますか。倉庫の中に何人いるかは不明です。」
「わかった。工場の制圧が終わったら教えてくれ。」
「了解です。ではまた。」
電話を切ってから車を出て、道路を渡り工場へと近づく。
「正面からは俺が行くから青石は左から頼む。工場は調査するだろうからなるべく壊すな。中にいる人間には多少荒っぽくても構わない。」
「了解しました。」
青石が返事をしたちょうどそのタイミングで工場の正面にある入り口から1人の人間が出てくる。
短く刈り上げた金髪とスーツが独特の雰囲気を醸し出している、明らかに一般の会社員ではなさそうな風貌をした若い男である。
音堀だ。そう思った瞬間、音堀とガッチリ目が合ってしまう。
「あーやばいな。目が合っちまった。」
「今から制圧するんですし、別にいいのでは?」
「おいゴラァ!そこのお前ら!ウチになんか用でもあんのか!」
お手本のようなセリフと風貌、そして周囲に鳴り響く声量。
まごうことなきチンピラである。
反対車線の散歩中らしき老人と犬も何があったのかとこちらをガン見している。
音堀は肩を怒らせ、こちらを威嚇するような形相でこちらに近づいきている。
そして徐々に距離がつまり、最終的に音堀が目の前で止まる。
すると鼓膜が裂けそうになるほどの大声でこちらへとてもとても行儀よく話しかけてくる。
「おい!!耳聞こえてんのか!!なんとか言ったらどうなんだ!!喧嘩売ってんのか!!」
手が届く距離に来た音堀は変わらず怒声を上げながらこちらの胸ぐらを掴むべく手を伸ばしてくる。
捕まえに来ているので、喧嘩売りに来たのか?、という音堀の考えはある意味正しい。
さっさと終わらそう。
手を払いのけつつ、懐からナイフを取り出す。
音堀が何か動こうとするも、それらを無視して音堀の心臓上部へ全力を込めてナイフを突き刺す。
何かが割れるような音と同時に衝突音を周囲に響かせながら音堀が漫画の如く後方へ吹き飛ぶ。
そして、搬出口であろう場所を塞いでいたシャッターに当たって音堀はそのまま地面に崩れ落ちた。
大きく凹んだシャッターと地面に崩れ落ちた音堀。
散歩中らしき老人は携帯を取り出してどこかへ電話をかけ始めた。
警察だろうか。
「じゃあまたあとでな。」
「はい。」