1. 青天の霹靂
日曜日、市内有数の大型商業施設は多くの客で賑わいを見せる。
はしゃぐ子供にそれを暖かくたしなめる両親。
手をつなぎ幸せそうな表情で洋服や雑貨を見て回るカップル。
長い年月を共に酸いも甘いも経験を積み重ねたのであろう熟年夫婦。
消費社会の象徴とも言えるショッピングモールは市民の生活に根づいており、今日も暖かく平穏な空間が広がっていた。
今この時までは。
「ねぇ、ゲームセンターいきたい!」
「はいはい、あとでな。」
「こっちとそっち、どっちの服がいいと思う?」
「そっちの色のほうがお前に似合うんじゃないか。」
「あなた、前来た時に買ったモンブランまた買って帰りましょうよ。店はどこだったかしら。」
「そうするか。たしかあっちだ。」
様々な会話が飛び交う中、その少年が人混みに混ざり1人で歩いていた。
黒いパーカーとジーンズにスニーカーという出で立ちであり、傍には家族と思わしき人間もいない。
少年は2Fに上がり吹き抜けの上から階下を見下ろす。
柔らかな光が上から差し込み、多くの人々が買い物を楽しむ光景がそこにはあった。
しかし、明るい笑顔の人々を見る少年の目には怒りの色が浮かんでいた。
周りを行き交う人間達も少年は視界には入らない、もしくは入っても気にもとめずに先へ進んでいく。
そんな中、少年は指にはめた指輪をひと撫でする。
一見子供には不釣り合いなその指輪には静かな淡い黄色の輝きを放つ石が留められていた。
少年は指輪を大事そうに撫でた後に腕を天に掲げる。その瞬間指輪が色濃い輝きを放つ。
僅かに訝しげに少年を見る人間もいたが、人で混み合っているこの場所で少年を気にする人間はほとんどいなかった。
そして次の瞬間、ショッピングモール中央の吹き抜けに巨大な雷が落ち、人々の日常を粉々に破壊した。
響く悲鳴と泣き声、停止するエレベーターや照明・空調設備、各所で燃え広がる火。
そんな中、少年は1人高笑いを放っていた。
満足するまで笑った後、少年は床に手を付ける。
叫び声が飛び交う中、少年は身じろぎもせず何かの作業に集中していた。
そして、作業が終わったのか少年が床から手を離す。
それと同時にショッピングモールの屋根の一部が轟音とともに崩れ落ちる。
不運にも下にいた人間達は崩れ落ちた屋根の瓦礫に飲み込まれ、痛みを感じる間もなくその生命を終えた。
一瞬の静寂の後、先ほど以上の半狂乱と化した人間の叫び声がモール中に響き渡った。
穏やかな休日の昼下がりであったはずのショッピングモールは、あっという間に阿鼻叫喚の地獄と化した。
天沢は一人駅を出て開発部への道を歩く。
魔術師協会の本部は東京駅近くのビルに存在する。
会長は含む主要な上層部や広報部、保安部のオペレーターなどほとんどの人間はこちらで日々仕事をこなしている。
そしてもう1つ、東京郊外にも拠点が存在している。
こちらは開発部の拠点となっており、厳しいセキュリティが敷かれた広大な建物にて日夜研究員が魔術を活かした新技術や新製品の研究に励んでいる。
普段利用する術具のメンテナンスなどは開発部に行かなければならない。
受付で協会員であることを示す身分証をゲートに通し、更に生体認証を行う部屋を通り抜ける。
術具のメンテナンスを担当している窓口へ向かうため、建物の中を1人歩く。
だが、自分はあまり知り合いが多い訳ではないが、仕事上関わりがある人間もいくらか存在する。
勿論この開発部にもだ。
「やぁ、天沢君。」
「これは柴田部長、お疲れ様です。」
柴田 鍛治郎、47歳、開発部門の長である。
魔術は使えないが魔術を研究するために一般企業から転職してきて、好奇心の赴くままにチームを率いて研究に没頭していたら気づいたら開発部門のトップに立っていたらしい。
雑事も増えるため本人は嫌がっていたが、割り切って今は立場を活かして研究環境のさらなる充実に精を出している。
ちなみに既婚で奥さんは広報部に所属している。
「お疲れ。今日は術具のメンテナンスかい?」
「ええ、最近来てませんでしたので。」
「術具は繊細だからね。定期的なメンテナンスはいいことだ。」
「柴田部長は自分の体の方を気にされたほうがいいのでは?目に隈できてますよ。」
「最近面白い物が持ち込まれてね。ああ、そういえば天沢君が担当だったか。この前の南方の件だよ。」
「南方の使っていた術具ですか?」
「そうそれだ。」
「何か問題でも?」
「問題というか、出来が良すぎてね。効率化の追求はうちでもやってるがあれには敵わないだろう。」
「そこまでですか…。」
「構造もしっかりしてるが、特に素材が謎でね。南方は取調べでも何も喋らないらしく、うちで解析中なのさ。」
そんな会話をしていると、突然スマホから着信を示す音が鳴った。
「ん。なんか協会からですね。ちょっとすいません。」
「ああ。」
休みの急な連絡なんて絶対碌な事じゃないだろうな…。
「もしもし、天沢です。」
「米田だ。悪いな休暇中に。」
「いえ、大丈夫です。何かありましたか?」
「ショッピングモールで魔術使って暴れてる奴がいると通報があってな。今日は他でも事件があったせいで人が足りん。だから動ける奴を探してる。今どこにいる?」
「今開発部に装備のメンテに来てます。」
「おお!すまんが出てもらっていいか。迎えは手配する。」
「構いませんよ。じゃあ入り口で待ってますね。」
「悪いな、助かる。」
まあ想像通りだった。電話を切って軽くため息をついてから柴田部長に声を掛ける。
「どうやら事件らしいのでちょっと仕事してきます。」
「保安部も大変だねぇ。気を付けて。」
来た道を戻り建物の正門に移動する。
少し待つと車が正門前に停まり、車から運転手が降りて声を掛けてきた。
「天沢さん、お疲れ様です。後ろへどうぞ。」
車での移動中に状況について聞いておく。
「現場はショッピングモールで、今現地警察が避難誘導を行いながら周囲を封鎖しています。救急隊も駆けつけてますが犯人を先にどうにかしなければ中に入れないため、救助は進んでいません。」
「犯人は1人ですか?」
「警察が痕跡を確認し魔術による事件と断定していますが、犯人の詳細は不明です。中にいた利用客の証言では雷が落ちて、建物の屋根が崩れたと言っています。そして、実際に外部からも屋根が散発的に崩れている状況が確認できています。」
「わかりました。」
「すいませんが飛ばします。揺れますのでご注意ください。」
制限速度を明らかに無視しているであろうスピードで車を走らせていたが、幸い事故には合わずに現場に到着した。
ショッピングモールの周囲には警察、救急隊、消防、やじうま、マスコミととんでもない騒ぎになっている。
「急ぎ現場へご案内します。」
車を降りて騒ぎの中心に向かう。警察に止められそうになったが、運転手の説明によりすんなり通してくれた。
「このまま犯人を制圧すれば?」
「はい。私はこのまま警察へ説明に向かいます。終わりましたら私の携帯にご連絡ください。番号はこれです。」
「了解。ではまた後で。」
建物側面の大窓のガラスに割れている箇所があったため、そこから中に入る。
どうやら飲食店だったようで、家具や食器、店内のインテリアなど様々な物が散乱する店内を見回したが既に人は誰もいない。
まずは敵の位置を調べる必要があるので魔力を飛ばして周囲を探る。
おおよそショッピングモール全体を調べた所で建物の右奥部分に一番強い魔力を感じる。そこ以外に魔術師がいそうな様子はないため、恐らく敵は1人だ。急いで向かおう。
焼け焦げた死体やまだ生きているが負傷により動けない怪我人達を横目になるべく周りに注意を払いつつ強い魔力を感じた場所を目指す。
いくつかの角を曲がり、瓦礫を避けながらモール内部を走って進む。
そして、強い魔力を感じた場所にて犯人と思わしき人間を見つけた。