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6. 氷の檻

3日後、俺達は巨大なクルーズ船が停泊している横浜の客船ターミナルに来ていた。


調査によると今日入港予定のクルーズ船は1隻だけらしい。



1人で乗船する予定の30~40代の男、という条件で絞っても残念ながら該当する人間は多く誰が風浪であるかは特定できなかった。



直前だったが魔力検査は乗船前の受付時に実施してもらうようねじ込めたので、この場所には検査を行う協会のスタッフも来ている。


また、警備も協会本部からの応援が来て増員されており、クルーズ船への乗船に心躍らせている一般客とは対照的に、現場は普段よりも物々しい雰囲気に包まれていた。



「風浪は来るでしょうか。」


「来て欲しいな。警察の捜査も芳しくない。これではずれだったら後はもう淀口が送金した仮想通貨が動くのを待つくらいだ。」



しばらく青石と別れてターミナル内をうろうろと歩き回る。


見回した所、裕福そうな老夫婦以外にも若いカップルや1人旅と思わしき人など様々な年齢層が確認できる。


皆が皆、船旅という非日常を心待ちにしていたのであろうことがよくわかる明るい表情を見せており、SNSに上げるためであろうか写真を撮っている人達も多い。



まだ魔力持ちかつ1人で来ている30~40代の男、という条件に合致する怪しい人間はいない。


天に祈りながら該当する人間を探していると、今入り口から入ってきたとある男が目に入った。



白い半袖のシャツにチノパン、革靴を履いてサングラスをかけている男が大きいスーツケースを携えている。


男はまずカウンターに向かい手荷物を預ける手続きを行っている。



サングラスを掛けているため年齢は判断しづらいが、重要な点として男は魔力持ちであった。


今のところは普通に手続きを進めているだけに見えるので見張るのみに留める。



男は手荷物を預けた後、乗船受付を行っている方向へ進んでゆく。


そして途中で男の足は停止した。



何か忘れたことを思い出したのか、それとも何か大事なことに気がづいたのか。


彼の視線がどこへ向いているのかはこちらからはわからないが、男の位置からは魔力検査をしている協会のスタッフがよく見えるように思える。



たっぷり1分近く停止した後、男は踵を返しターミナルを後にしようとする。


先ほど預けた手荷物もお構いなしだ。



乗船まで周囲を散歩でもするということであれば本来咎める筋合いはないのだが、さすがに放置はできない。


マイクを通して入り口付近にいる警備に指示を出す。



「今魔力持ちの男が入り口に向かってる。止めて個別に魔力検査への協力を依頼してくれ。」



喋りながら自分も入り口に向けて歩き出す。


男の歩く速度は心なしか徐々に早くなっており、もはや小走りとなっている。


ターミナルを出る前に警備が間に合い、声をかけ男を押し留めようとする。


その瞬間。



まるで何かが爆発したかのような破裂音がターミナルに響き渡る。


男を呼び止めた警備の人間は何らかの力により強烈な勢いで吹き飛ばされ、入り口のドアを破壊してから、最終的に外のアスファルトの上に倒れ込んだ。



周囲から上がる悲鳴を聞き流しつつ、走って外へ向かいながら指示を出す。



「警備が1人攻撃を受けて入り口近くで倒れてる!救護を!やったやつは入り口から出ていった!サングラスを掛けた白シャツの男だ!」



男は邪魔な警備を排除した後、外へ出てから空へと浮かび上がり、まるでヘリコプターの如く高速で飛び去ってゆく。


移動の余波である強力な風が付近で吹き荒れ、破壊されたドアから入り込んで書類や小物類を吹き飛ばす。



向かい風を感じつつ外へ出て空を見上げると、まだそう遠くは離れておらず視界で捉えることができた。


ここまで堂々と逃げ出していればどこかの監視カメラに顔も映ってそうではあるがここで捕らえるに越したことはない。



持ってきた術具を起動させることにした。


左足のアンクレットに魔力を流し込み、硬い地面を足蹴りにする。



通常、地面を蹴って空中へ飛び上がっても、地球上の物体にはみな等しく重力が働きいずれ地面へと落ちてゆく。


それを避けるには重力や空気抵抗などの力に負けない程のエネルギーを供給し続ける必要がある。


このアンクレットはそれを可能にする…というほどの複雑なものではないが、簡潔に言うと空気を足場にすることができる。



つまり、生身での空中散歩を可能にしてくれ、更に魔術による身体能力の強化と組み合わせれば空中の高速移動も可能になる。


ちゃんと体の表面を魔力で覆っておけば衣服も無事だ。


犯罪者に何かしらの魔術で空へ逃げられた時には非常に便利に使える。



欠点は外で無闇に使うと航空法に引っかかることだ。


おかげでこういう緊急時か建物内で訓練する時くらい使えない。



雲一つない澄み渡った空の下、太陽の光を浴びながら飛び上がる。


周囲の建造物や道路を眼下に見下しつつ、少し低い高度ではあるが男の後方に位置取った。



男は逃げるのに必死でこちらを見ておらず、まだ追われていることに気づいていないようだ。


更にもう一歩踏み込み、高度を調整して距離を詰める。



すると、距離を詰めた瞬間に何かを察知したのか男が逃走手段への思考を止めてこちらを振り向く。


同じ目線に立つ人間はいないと思って油断していた男の顔は振り向くと同時に驚きと恐怖の表情へと染まる。



防御を固めようとしたのか、もしくは距離を取ろうとしたのか、反射的に何か動こうとする様子は見えたがもう遅い。


踏み込んだ勢いのまま左拳を男の脇腹に叩き込み、罪を贖わせるため空から地へと叩き落とす。



今日停泊するクルーズ船は1隻だけであるため、ターミナルの東側は空いている。


鈍い衝撃音と共に水面に叩きつけられた男は、1度、2度と水面を跳ねてから海面に着水し、そのまま海中へ沈んでいった。



「…死んでないよな。」



慌てて水面に降りて男を探す。


だが、どうやら心配は無用だったようだ。



魔力を帯びた何かが水中を高速で進み、この場所から遠ざかっていることを感じ取る。



しぶとさに舌を巻くもこのまま逃がすことはできない。


追いつくため足に魔力を込めようとしたその時、青石が海上に降りてくるのが目に入った。



そして青石が海面に手を添えた瞬間。


海が白く染まった。



水中を自由に泳ぎ回る魚諸共呑み込んで作り上げられた氷の檻により、遠ざかっていた魔力の反応はとうとう動きを止めた。







その後、氷漬けになった男を引き上げてから魔術で治療し拘束した。


幸い生きて捕まえられたので後の対応も楽になるだろう。


なんとか混乱を収めてから乗客全員の乗船手続きを完了させ、出航してゆくクルーズ船を見ながらほっと一息つく。



「色々あったがこれで終わりだな。」


「淀口と小野が残ってますが?」


「風浪がどれだけ喋るかと検察の判断次第だな。俺達の手は離れた。」


「どっちも捕まってくれればいいんですけどね。」


「まあそこら辺は警察や検察が上手くやるだろ。プロだしな。」


「そうですね。」







結局その後、風浪はどうせ死刑になるならと思ったのか全部喋ったらしい。



小野経由で淀口からコンタクトがあり、元矢の殺害を依頼されたこと。


銀行強盗を装い元矢を殺して淀口から報酬の仮想通貨を受け取ったこと。


事前に元矢を調べると表の宝石商と裏の故買屋という2つの顔があることがわかったため、殺害ついでに表に出せない資産も全部頂こうと考えたこと。



警察の捜査により、風浪が所持していたスマホから仮想通貨の送金先は風浪のものであることが確認でき、話の裏が取れたので淀口も逮捕された。


判決が出てないので期間はまだわからないが、いずれにせよ塀の中に入ることになるそうだ。



小野は今回の件ではなんとか逃げ切ったらしいが、別の事件に関与した疑いでまた捜査対象になっている。


世の中のためにもさっさと捕まってくれ。

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