5. 遠雷葬送
次の日、ホテルで朝食を食べてから再びリストの残りを回る。
日中帯に在宅していそうな人間を集中的に回るも、空振りに次ぐ空振りで何も得られるものはなかった。
孫の自慢や息子の嫁への愚痴だったりと関係の無い話を聞いている時間がほとんどを占め、さすがに精神的な疲労を感じ始めた頃、時間は既に昼を回っていた。
「やっぱり何も情報はなかったな…。」
「息子さんの奥さんとの関係が拗れていることはよくわかりましたね。」
「心底どうでもいいわ。それよりもう昼過ぎてるから昼飯にしよう。何か食べたいものあるか?」
「いえ、何でも大丈夫ですよ。」
「じゃあ…蕎麦にでもするか。探せば店もあるだろ。」
スマホを取り出して近くの蕎麦屋を探そうとしたその時、ちょうど着信音が鳴った。画面には米田さんの名前が表示されている。
「何かわかりました?」
「淀口の金は真っ当な金だった。仮想通貨でボロ儲けしたようだな。元手は元矢の金みたいだが、税金の処理もちゃんとされてた。」
「ほかに怪しい所は?」
「最近仮想通貨を使って大金を送金してるようだな。2回に分けてるようだが、1回目が1000万相当、2回目が5000万相当を送金している。」
「送金先はどうでした?」
「いくつかのウォレットに分けて送金しているようだがどれも所有者はわかってない。」
「そうですか…。」
「で、ここからが本題だ。淀口の元彼が怪しい奴でな。」
「怪しい?」
「小野っていうコンサルタントを自称してる奴なんだが、やってることは要は犯罪の仲介屋だな。以前淀口と付き合ってて別れたようだが、ここ半年くらいになって再び連絡を取り合ってる。」
「風浪との繋がりは?」
「風浪の前回の犯行前に連絡を取り合ってたようで事情聴取されてる。結局何も出なかったようで捕まっちゃいないがな。」
「小野は今どこに?」
「静岡のホテルだ。先週から泊まっていて今月末まで予約が入っているらしい。偶然だな?」
「偶然ですね。」
「まあさすがに直接犯罪に関与するほど馬鹿じゃないだろうから、淀口に会いに来たか仲介先の仕事振りを見に来たかどっちかだろうな。どうする?」
「現時点の情報で捕まえられます?」
「いや、残念ながら証拠になるような情報はない。任意同行を求めるくらいがせいぜいだろうな。魔力持ちではないからうちが無理矢理ってのも難しい。」
「じゃあ一旦俺達で行きます。もしホテル側に渋られたりして必要になったら警察はこっちで呼びますんで。」
「わかった。小野の情報と泊まってるホテルの住所は今送った。小野は一般人なんだからやり過ぎるなよ。」
「わかってますよ。情報ありがとうございました。ではまた。」
「おう。」
電話を切って少し考える。
犯罪の仲介屋なんてやってる人間に普通に聞きに行っても恐らく無駄だろうな。
はったりが聞く相手ならいいんだが。
「先輩?」
「ああ、悪い。米田さんからだったわ。」
青石にも一通り会話内容を伝える。
「では今から小野の所へ?」
「そうだな。この時間だからいるかわからないが、一旦泊まっているらしいホテルに向かおう。小野の情報も来てるから目を通しといてくれ。」
「了解しました。」
小野が泊まっているホテルは市内中心部にあったため、さほど時間はかからずに辿り着いた。
車を止めてから、周囲をまるで威圧するかの如く強い存在感を放っている巨大なホテルに入る。
高級感のある綺羅びやかなフロントにはスーツをきっちりと着こなした従業員が立ち並んでいた。
チェックアウトの時間はとうに過ぎ、そろそろチェックインが始まる時間になろうとしている。
フロントの人間にこのホテルに滞在している小野に聞きたいことがあること、そしてこちらの身分を伝えると支配人が出てきた。
「支配人の間宮と申します。当ホテルのお客様に用事がお有りとのことですが、どういった用件でしょうか。お客様のプライバシー保護の観点からもできればご遠慮いただきたいのですが。」
「事件の捜査ですので申し訳ありませんが詳細は控えますが、単に少しお話を伺いたいだけです。もしお望みであれば令状を取ってまた伺います。ただしその場合、もしかしたらチェックインやチェックアウトの時間に被ってしまうかもしれませんね。」
「…承知いたしました。該当のお客様は現在部屋におられます。ただし、他にも連泊されているお客様はいらっしゃいます。可能な限り騒動は避けていただきますよう、どうかお願いいたします。」
「それはもちろんです。」
苦々しげな表情だが支配人から許可が出たため、エレベーターで小野が泊まっている階へ向かう。
エレベーターで上がり、ふかふかの絨毯を歩いて部屋の前まで進む。
小野が泊まっている部屋の前についてからドアをノックすると扉が開き、中からスーツ姿の男が出てきた。
「ん?誰だ?」
「協会のものです。私が天沢、こっちが青石と言います。」
「協会の方ですか。」
黒髪ショートのツーブロックスタイルで、吊るしではなく恐らくオーダメイドであろう高級品のスーツに磨き上げられたピカピカの革靴、見た目はいかにもデキる営業マンとでも言うような爽やかな風貌をした男が怪しげにじろじろこちらを見ている。
「それで協会の方が私に何か?」
「強盗殺人をやらかした風浪のことで伺いました。」
「覚えがありませんが、それは誰でしょうか。聞く人間を間違えていませんか?」
平然と嘘をつくあたり喋る気はなさそうだ。
まあ強盗殺人の関与なんて死刑が無期懲役の2択だから当然だろうが。
「ほかでもない貴方が4年前に連絡を取っていて事情聴取されたと聞いています。あなたが淀口に紹介したのでは?」
「おっとそうでしたか。何しろ私は知人が多いので。」
小野は青石に向けて動揺すら見せずに素知らぬ顔で答えを返す。
こりゃまともに聞いてもただ時間を浪費するだけか。
「はぁ。面倒だからストレートに言うぞ。今話すかそれともこれから周囲を調べられるか選べ。うちとしては正直風浪以外に用はないんだ。」
「知らないことは残念ですが話せませんね。」
「そうか。じゃあこれからのことについて話すか。」
「これから?」
「知ってると思うがうちは警察に協力はしてるが警察とは別の組織だ。だが魔術師の犯罪に対処するため、限定的ながら捜査権限が与えられてる。そして今風浪は逃走中で居場所不明。事件の関与が疑われているのは現状淀口とお前だけだ。」
「それで何が言いたいんでしょうか。」
「風浪が見つからなければ長い付き合いになるかもなって話だ。」
「…」
小野は黙ったまま、ここで始めて不愉快そうな表情を浮かべる。
「お前は中々顔が広いらしいから全員を調べる気はないが、最近連絡を取った人間に絞っても医師・暴力団幹部・企業役員・税理士と面白そうな人間が多い。参考人として警察を連れて話を聞きに行くかもしれないからよろしく言っといてくれ。」
「なっ。」
「風浪の危険性を鑑みて連れて行く警察の数は多くなるかもしれないが、話を聞くのは任意だから安心していい。仮にもし話を聞くにしても、後ろ暗いことがない人間であればお前との関係と風浪のことを聞くだけで終わるだろう。」
「…」
「騒ぎになるかもしれないが、こちらからも経緯を丁寧に説明しておく。お前への捜査が原因だったとしてもきっと理解してくれるはずさ。」
小野の顔が歪みこちらを睨み付けてくる。
その様子を見ながら少し間をおいてから、ゆっくりとした優しい口調で再び話しかける。
「なぁ。俺達の目的は風浪だ。お前を潰しに来た訳じゃない。風浪がどこにいるか教えてくれればそれでこの話は終わる。それに何か喋ってもここだけの話だ。誰にもばれやしない。見つけた経緯はこっちで適当に話を作っておくさ。」
「…」
「風浪は流石にやり過ぎだ。4年前の強盗傷害に今回の強盗殺人、そして住居侵入に窃盗既遂。ああ、逃走時に共犯者5人が死んだのも恐らく計画だろうからその分の殺人も入るか。これだけ派手に動かれれば警察や協会だってそう簡単に引けなくなることは普通に考えればわかるだろ。」
「…」
お互いの間に沈黙が広がる。
小野は口を閉じたまま考え込むような様子を見せたため、答えを出すまでこちらも余計な口出しは控えた。
そして、1分程経過しただろうか、小野が決意したかのような表情で重い口を開き沈黙を破った。
「…はぁ。風浪が今どこにいるかは知らない。しかし、3日後に横浜からクルーズ船で海外に逃げるらしい。名義は恐らく偽名が俺はわからない。」
「ニュースでも手配書が流れてるのに大胆だな。」
「風浪は整形したらしいから既に別の顔だ。あの手配書は意味がない。」
「整形手術をした医師はわかるか?」
「いや。恐らく風浪が直接手配した医者だろう。」
「これは参考までに聞きたいんだが、もし仮に淀口が元矢を恨んでいるとしたら理由はなんだと思う?」
「あくまで仮定の話ですが、もし恨んでいるとしたら、不倫が妻にバレた元矢に捨てられたことでしょう。元矢は手切れ金を渡して精算したつもりになっていたのかもしれませんが、世の中には金で精算できないものもありますから。」
「真理だな。参考になった。俺等は行くが、なるべく法律は守ったほうがいいぞ。こっちの仕事も減る。」
「俺みたいな奴を必要とする人間がいなくなったら廃業するよ。」
「そうか。じゃあな。」
足早にその場を立ち去り、エレベーターを降りて支配人に礼を告げてホテルを立ち去る。
歩きながら米田さんに電話し、得た情報を伝え調査を依頼してから電話を切った。
ホテルに戻るため、車に乗り込むと青石が話しかけてきた。
「小野が口を割らなかったら周囲の人間の聴取を本当にやるつもりだったんですか?」
「整形してる可能性はあったから、医師のところへは参考人として話を聞きに行っただろうな。それ以外は関与してそうな追加の情報得られるまで保留のつもりだった。さすがに情報もないのに手当たり次第警察連れてって周囲を調べるのは時間の無駄だし面倒事になりかねない。もし本当にやろうとしても上からストップが入るだろうな。」
「…まあそうですよね。」
「魔術師相手なら無茶が効くのは最終的に魔力の痕跡が合致すれば逮捕に問題はないってだけだからな。いくら事件に関与している可能性があるとは言え一般人相手にやり過ぎると問題になる。」
「さっきのはやり過ぎの範疇に入ります?」
「風浪の危険度が高いのは事実だしあのくらいなら問題ないはずだ。万一問題になったら部長に頭下げるわ。」
「…それ大丈夫なんですか?」
「うちの部長は凄いからな。トラブルまみれだった設立初期から協会で働いてたのは伊達じゃない。」
「わかりました。部長に迷惑かけないためにも一般人相手の発言には気を付けます。さっさとホテル戻りましょう。」