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1. 魔術の出現と混乱

202x年、唐突に世界各地にて不可思議な能力を発現する人間が観測され、世界は混乱に包まれた。


その人間達は魔術師と呼ばれた。



彼・彼女達は自らの欲望を満たすべく他者を蹂躙し、全てを略奪する事件が頻発した。


折しも、当時は他の大国を起点とした歴史上稀に見る不況が日本を襲っており、持たざる者が持つ者を襲う流れは日々加速していった。



しかし、とある出来事を契機に流れが変わる。それが魔術師協会の成立である。



神本 司は40代前半で元企業経営者である。


自らが作り上げた企業を売却し大金を得たことで一時世間でも話題になっていた。



彼は集めたメディアの前で自らも魔術が扱えることを公言し、国家のために魔術師達を集め、組織を作り上げることを宣言した。


そして実際に多くの魔術師達を集め、組織化することで国内の治安向上に大きく貢献した。



私設軍隊とも取れる組織に対して、世論は荒れたが、実際に庶民が体感できる程度に治安が回復し始めてからは文句を言う人間も減っていった。


警察関係者を組織に迎え入れ、警察の外部協力者としての立場を保ちつつ、メディアに対しても可能な限り情報を公開し、広報に多額の資金を費やしてオープンな組織であることをアピールしたことも大きかった。



潤沢な資金と人脈、そして魔術師達の力により国内で唯一無二の立ち位置を確立したことで、徐々に世論は落ち着きを見せ、今や魔術師協会の存在は日常の一部と化している。



魔術師協会の主な仕事として、まず運営に必要な莫大な費用を稼ぎ出す元となっている魔術関連の技術研究・製品開発がある。


そしてもう1つ、協会の存在意義の根幹を成している国内の治安維持がある。


北は北海道から南は沖縄まで、魔術が関与していそうな問題があれば警察から要請を受け、飛んでいって解決する。


これはその国内の治安維持を担う保安部に所属する人間の日常である。







後回しにしていた夏休みの宿題が子供達の脳裏をよぎりだす8月下旬、ここ仙台では曇天の下、月明かりも差さない暗闇の中で静かな夜が流れていた。



真夜中は既に回っている。


一部の仕事がある人々を除き多くの人々が眠りに就いたであろう時間である。



街灯とコンビニの僅かな光が闇を照らし、ふと道路に目をやると野良猫が我が物顔で闊歩している。


そんな市内中心部から離れた住宅街にとある一軒家が存在する。



この一軒家に住む唐橋家は平凡な一家であった。


父は地元の食品会社の営業、母は専業主婦、小学校に通っている息子が1人。



生まれ育った地元で就職し、結婚し、家族と幸せに今を歩んでいるごく普通の一家だ


派手さはないものの彼らの人生には未来が確かに存在していた。



今日までは。






この日は暑くて寝苦しい夜だった。


一家の主である唐橋勇仁はあまりの暑さに目を覚ます。



「暑っ。なんだこの暑さ・・・エアコンは・・・なんで切れてるんだ。」



間違えてタイマーでもかけていたのだろうか。


エアコンがいつの間にか切れており部屋には蒸し暑い空気が充満していた。


隣で寝ている妻も暑さのせいか、うなされているような唸り声を上げている。



急いでエアコンをつけると涼しい空気が流れ始め、部屋の不快な暑さが消えてゆく。


一息ついて、トイレでも行って寝直そうかと考えた勇仁の耳に微かだか廊下を歩くような音が聞こえた。



「(歩登か?)」



最近小学校に入り、妻が言うには仲の良い友人とゲームばかりしているらしい1人息子の歩登(あゆと)のことが思い浮かんだ。


もしまだ起きていたのであればいくら夏休みとはいえ叱らなければならない。


そう思い廊下へ向かう。



寝室のドアを開けると、廊下の照明が人間を薄く照らす。


センサー付きの照明は夜には明るさを落としているが、充分に人を認識できるだけの光量を放っている。



そして、廊下を認識した勇仁の視界にはいつも見下ろしていた息子ではなく、自分と同じほどの背丈をした顔をマスクとサングラスで隠した不審人物がなぜか立っていた。



「は?え?」



ありえない状況により、パニック状態に陥った思考が止まる。


その瞬間、体内に鋭い痛みが走った。



全身の筋肉がまるで石になったかのように硬直し動かない。


叫ぼうとするも喉はひくつき、音すら出ない。



目に入るのは廊下にいた人物が何かをこちらに押し付けている様子だけである。


スタンガンか何かなのだろうか。


止まった思考で意味のないことを考えていると、もはや自らの意思に従わなくなった体では立っていることすらできなくなり、冷たい床に倒れ込んだ。



それを最後に勇仁の視界は暗転した。


最後に勇仁の頭に浮かんだのは、誕生日に買ったゲーム機を手に無邪気に笑う一人息子のことだった。







「あ~、やっとついたな。」



背伸びをしながら体のコリをほぐしつつつぶやく。


俺は、天沢 景、26歳の男だ。魔術師協会の保安部に所属する協会員として、魔術が関連していそうな犯罪について警察に協力している。



「そうですね。」



隣にいるのは、教育してほしいと上から言われてつけられた新人の女性協会員で、青石 美月という高校卒業してから研修を半年ほど挟んだだけの18歳である。


もっとベテランの教育係つければいいのに・・・と思わなくもないが、如何せん保安部は人手不足なので仕方がない。


ベテランは手一杯でたまたま1人で動いてた自分に白羽の矢が立ったのだろう。



20年前、魔術の登場により世間は大きく変わった。メディアの報道に当初は懐疑的な人間が多く、「エイプリルフールはもう終わった」などと囃し立てる人間もいた。


だが実際に魔術を利用した多数の事件が発生するにつれて一連の報道が真実だと多くの人間が悟った。



自分は当時子供だったが、テレビ中継で流れた国会議事堂が半分吹き飛ばされた光景は今でも覚えている。


協会が作られてからはそこまでの大事件は発生していないが、一般市民だけでなく金と権力を持つ人間にとっても魔術を使う犯罪者は恐怖の対象となっている。



今日もどうやら魔術を使って好き勝手やらかしてる奴がいるらしいので仕事でやってきた。


だが今の時刻は昼前だ。



「とりあえず昼飯でも食べに行こう。」


「はい。」







名物の牛タンを食べるべく事前に調べておいた駅近くの店に向かう。


平日で開店時間少し前なのにもう並んでいる人がいる。急ぎ整理券を取り、幸い少し待っただけで入ることができた。



注文後、しばらくすると2人分のランチの定食が運ばれてきて、空腹を訴えていた体はもう待ち切れないとばかりに食事を始めた。


焼き目のついた肉厚な牛タンは噛むとさっくりと切れて口の中に肉の旨味が広がってゆく。



「有名なだけあってうまいなやっぱり。飯が進むわ。」


「たしかに美味しいですけど観光みたいにゆっくりしてていいんですか?」


「これがこの仕事の一番のメリットだからいいんだよ。」


「一応事件協力ですよこれ。」


「調査対象は全員日中は仕事だ。夕方から頑張ればいいさ。」


「管轄の警察に会ったりとかいらないんです?」


「今は別にいいだろ。現場検証は終わってて、向こうの資料とか情報は全部うちに連携されてる。それに、うちは警察の捜査に協力してるがあくまで組織は別だしな。」


「縦割りですね。」


「捜査に行き詰まったり、必要になった時に行けばいいさ。接触は最小限にするほうが面倒は少ない。」


「それは経験則ですか?」


「いや、俺はないが昔は色々揉めたらしい。今は役割もきっちり分担されてるし心配ない。」


「そうであることを祈ります。」







その後、次はデザートを食べにずんだ餅の店に向かう。



「ずんだ餅食べたことある?」


「ないですね。初めてです。」


「そっか。俺も今までは東京が多かったからなぁ。」


「保安部でもやはり東京近辺の仕事が多いんですか?」


「人の都合と事件次第だから単純に運だとは思う。まあ事件の数はやっぱり人が多い都市部が多いけどな。」



会話しながら歩くと下調べしておいた店が見えてくる。幸い営業中だったがまた列ができていた。


調べたのは人気店だからまあしょうがない。30分程度並んだあたりで中に入ることができた。



素材本来の素朴な甘さと柔らかな餅、そして見た目にも鮮やかな緑色のデザートを充分に味わうことができた。



そうしていると、ホテルのチェックインにちょうど良さそうな時間になったため、駅のロッカーにスーツケースと鞄を取りに向かいホテルへ向かう。


高級ホテルという訳ではないが、駅近くの綺麗めなホテルを取ってもらっており、そこへ向かう。


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