もう一度、キミの隣へ
「……タカシ?」
タカシは深く息を吸い、そして静かに立ち上がった。
「俺、どうしても……この瞬間は自分の足で立ちたかった」
その言葉と共に彼はゆっくりと凛花の手を取り、まっすぐに見つめた。
「今までずっと支えてくれてありがとう。俺、本当に幸せだよ」
凛花の瞳に涙があふれた。
「……こんなに身長、高かったっけ……?」
その言葉にタカシは小さく笑った。
二人の間に流れる空気は、あの日の春と同じ匂いがした。
——
そして二人は手を取り合いながら歩き出す。
痛みも、苦しみも、すれ違いもすべて超えて。
それからの日々。
ふたりは新しく借りたアパートで新婚生活を始めた。
凛花は念願だったカフェの開業準備に取りかかり
タカシは障がい者支援のNPOでボランティアを始めた。
最初は慣れないことばかりだった。
カフェの物件探しやメニュー作りで深夜まで悩む凛花に、タカシは「とりあえず一回食べさせて」と言っては味見係を買って出た。
キッチンに立つ二人が粉まみれになって笑い合う姿ももう日常になっていた。
ある日曜日の朝、凛花がふいに口にした。
「ねぇ、今日何曜日だっけ?」
「知らないの?”普通の日曜日”だよ笑」
タカシがそう言って笑った瞬間、凛花は少し泣きそうになった。
“普通の時間”がこんなに愛おしいものだなんて昔は思いもしなかった。
タカシの支援活動はやがて地域の講演や相談会にも広がっていった。
「タカシの話が誰かの背中を押してるんだよ!」
そう言う凛花の言葉に、彼は救われていた。
夜になれば二人はソファに並んでドラマを見ながら一日のことを話す。
泣いたり笑ったり、時にはくだらないことで拗ねたりして、それでもまた笑い合う。
——何気ない日々のすべてに“選んだ未来”の証が宿っている。
朝、凛花がいれてくれるコーヒーの香り。
夜、寄り添って見るドラマの時間。
ふとした瞬間に交わす視線に“あの日の気持ち”が今も生きている。
——キミの隣に立つ日。
それは、あのときだけじゃない。
これからもずっと続いていく。