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番犬と狐  作者: 汐越陽
9/19

9.

 車に揺られて約一時間半、都内の僻地に到着した。

 内部はほとんど完成していた工事中の公民館風の建物の前で止まると、先に抵抗の激しい野崎が引っ張り出され、屋内に連れ込まれた。罵声が聞こえなくなり、辺りは夜中の静穏に戻る。

 車内に残ったのは、香川とスキンヘッドの男が一人、そして寒河だった。

 香川が借りてきた猫状態の寒河を摘まみ、車から降りる。

「香川さん。そいつ、まだ抑止剤打ってませんよね?」

スキンヘッドが運転席から降り、車に鍵を掛けながら訊ねる。香川は鼻で笑い飛ばした。

「必要ない。暴走したところで、簡単に止められる」

 寒河は口を一の字に結び、悔しそうに俯いた。

 三人が大会議室に入ったときには、すでに会場ができあがっていた。机や椅子はすべて部屋の隅に山積みされ、露わになったフローリングの床の中央にパイプ椅子が三つ置かれていた。二つ並んだ片側に手錠を掛けられた野崎が座り、向き合うように残るひとつが設置されている。

 スキンヘッドと香川に中央まで連れられた寒河は、指示がある前に野崎の隣に座った。さらに自ら背中に両手を回し、手錠を受け入れる。

 周りは漸義会の組員たちに囲まれていた。野崎は威嚇する犬のように、歯をガチガチと言わせながら取り巻きを睨む。一方寒河は、生気の失われた目で足元を眺めていた。視線の先には、小さな蛾の死体が転がっていた。その前方では、別の蛾が床でバタバタと羽を震わせている。気づいた風嵐が舌打ちし、グリグリと踵を捻じ込みながら踏み潰した。

 準備が整ったところで、香川が椅子に座った。

「さてと」

座ったまま椅子を引きずり、寒河と野崎に近づく。

「お前ら二人には、花山殺しを手伝ってもらう」

「断固拒否する」野崎が即答した。

「当然、端から応じてくれるほど利口だとは思ってない」

「じゃあ、何だってんだ?」

 香川はにっと歯を見せ、自信に満ちた声でこう告げた。

「恐怖で従わせる。異保の取り調べと一緒だ」

香川の右手の握り拳が、左掌をガツンと叩いた。

 野崎は呆れ果てたように肩をすくめ、白けた目を向けた。

「あのなぁ。取り調べ中は種類・用途・瞬間アンノウン消費量、すべて関係なく能力使用は厳禁だ。つまり、暑いからって能力で冷風起こすのもダメ。ついでに暴言暴力も録音される。髪の毛一本引き抜くだけでもこっちの首が飛ぶぞ?」

「ほーん。そいつは意外だ、てっきり暴力のオンパレードかと思ってたよ、何しろ現場じゃ思い切りブッ殺そうとしてくるからな」

「現行犯止めるのと取り調べは別物だ」

「なるほど。取調室ではありあまる殺意を抑えているってわけか。すばらしい」

「お前らが異常なんだよ、外道。ぶん殴って従わせるのは動物の躾だ。そんなもので人は従わない」

 野崎の盾突くような眼差しが、まっすぐ香川を捉える。香川は目を合わせたまま、口角だけ引き上げ微笑した。

「残念ながら従うんだな、これが。風嵐の手に掛かれば、五分足らずではいと言わせられる」

「並みの人間ならそうだろう」

 野崎の表情は揺るがなかった。

 香川は覗き込むように前のめりになり、軽く鼻で笑い飛ばしてから口を開いた。

「屈しないまま死ねると思ってるのか。断言しよう、ありえない」

周囲の組員たちも、冷ややかに笑いながら蔑む目を向けた。野崎の眉がぴくりと動く。

「そうだな。野崎異保官の場合、一分あれば足りるんじゃないか? 何、馬鹿にしてるんじゃない。むしろ賢いほうだと思うぞ? そうだ、いいこと教えてやろう」

 パイプ椅子の脚が床を引っ掻く。野崎は顔いっぱいに警戒心を呈した。

「今まで一人だけ、なかなか服従しない奴がいた」

 ガタっと物音がした。野崎が驚いたように振り向く。

 寒河が頭を抱えながら、上半身ごと深く俯き震えていた。野崎は不思議そうに見つめていたが、香川は一瞥だけに留め、話を再開した。

「ずっといたわけじゃないから正確にはわからないが、かれこれ半日は経っていたか? 様子を見に行ったら、さすがに観念しているようだったが、すでに喋る力すら残っていなかった。それでも、従うまでは絶対に止まない。風嵐だからな」

「止めなかったのか?」

「もちろん止めたさ、時間がなかったんでね。ただ――反抗的だった奴がひたすら甚振られる様はとても愉快だった。それに、今や最も従順な奴隷だ。面白いだろ? 一番反抗してた人間が一番の下僕になるなんて」

 笑い声を上げる香川と、釣られて微笑する周りの組員。死んだ顔で項垂れる寒河。それらを見やった野崎が、舌打ちして正面の男を睨んだ。

「俺らを脅すつもりだったのか知らねぇが、単なる胸糞話じゃねえか。何面白そうに喋ってんだよ、尊厳を嬲り弄ぶクズどもが!」

その顔は、まさに鬼の形相そのものだった。香川を始め、組員全員から笑みが消える。

「性根から腐ってやがる。やっぱりお前らと花山は別の人種みたいだな、確信した。あいつはお前らのような畜生みたいな真似はしない」

「それは違うと思うぞ?」

香川が嘲笑交じりに言った。さらに続ける。

「奴が善人だから、じゃない。単に気に入らなければ即殺す単細胞だからだ」

今度は、他の組員たちからも笑声が上がった。

 怒り心頭に発した野崎の顔は、たちまち赤く染まった。椅子をひっくり返す勢いで立ち上がり、香川の胸を蹴り飛ばした。

 笑いに包まれていた空気が、途端に凍りつく。

「何すんだてめぇ!」

早足でやってきた風嵐が、野崎に殴り掛かろうとする。しかし、

「大丈夫だ」

起き上がった香川が手で制した。風嵐の足がぴたりと止まる。

 香川は無表情で野崎を見上げた。温度のない上目と怒り狂った下目が衝突する。

「なるほど。お前はそういうタイプか」

表情や目つきと同じ温度感の声だった。野崎の額に一粒の冷汗が浮かぶ。

「お前自身をブッ叩いてわからせてやるつもりだったが、気が変わった」

野崎を睨んでいた目は、その隣で背中を丸める寒河を捉えた。視線を察したのか、全身の震えが一瞬にして止まった。

 香川は背後を振り向き、口を開いた。

「風嵐。情報屋を叩け」

「あーい」

 ずっと床を見ていた寒河の顔が初めて上がった。

「待ってくれ香川。誤解だ、そいつは――」

天井の白色灯と変わりない顔色で必死に訴えるも、聞き入れられることなく風嵐に捕まった。白ジャケットから覗く手が、トレンチコートの襟首を掴み、引っ張っていく。壁際まで来た瞬間、寒河の身体が壁に叩きつけられた。

 寒河は怯えた目を香川に向け、助けを求めようとする。しかし、

「おとなしくしてろや!」

風嵐に口を塞がれ、さらに電気を流された。口を押える手の中から、くぐもった悲鳴が聞こえてくる。

「次喋ったら電圧強めんぞ?」

風嵐のもう一方の手が、肩を壁に押しつける。寒河は薄目開きになりながら、こくこくと頷いた。瞼の隙間が潤んでいるのがわかり、風嵐がにんまりと笑う。

 倒れていたパイプ椅子をスキンヘッドが立て直し、香川が腰を下ろす。

「本題に入るとしよう、野崎三課長。これから花山に電話を繋げる。俺が言った通りの内容を伝えろ。いいな?」

喜怒哀楽のいっさいを映さない無表情が、静かに回答を待つ。野崎は唾を飲み込み、意識して口を結んだ。

 しばらく経ち、回答がないとわかると、香川は背後に顔を向けた。

「風嵐、やれ」

 寒河の口を押えていた手が、首元に移動した。

 刹那、風嵐の手から電気が放たれた。寒河は顔を歪め、低い呻き声を漏らす。

「さすが、花山ごときのために仲間を殺す男だ」

能面のようだった表情から、皮肉めいた笑いが零れた。野崎は一瞬だけ睨み、目を逸らす。

「もう一度訊くぞ? 俺が言った通りのことを花山に話せ」

 野崎の額に浮かんでいた汗が、こめかみを伝って流れ落ちた。口元はさらに引き締まり、動く気配を見せない一方、瞳は落ち着きなく左右にちらついていた。

 一定時間返答がなかったため、香川が再度指示を出した。

「一段階上げろ」

直後、呻き声が絶叫に変わった。

 風嵐が悪戯で想定以上の強さに引き上げたのだ。

 寒河の痛々しい悲鳴に、野崎の顔がだんだんと強張っていく。額には一面に汗の粒が並び、とうとう瞼までも口同様に閉ざされた。

 香川は、風嵐たちを他人事のように見るだけで、口を挟むことはなかった。何事もなかったように、野崎のほうへ向き直る。

「これは驚いた。野崎課長、お前さんには罪悪感ってものがないのか? こりゃあ、日が昇る頃には廃人が一匹できてそうだな。いやぁ、面白い。今までも相方のほうを痛めつけて吐かせたことは何度かあるが、廃人にした奴は一人もいなかったぞ? その第一号が、かの池一の三課長になるとは思わなんだ」

 閉じられた瞼は、力が入りすぎてピクピクと震えていた。こめかみを伝う汗の通り道も、じわじわと増えている。ただでさえ苦し気な表情から、いっそう余裕が消えた。

 ついに、野崎の目が開いた。伏し目がちに溜息を吐き、香川を見据える。

「あんなやつ、痛めつけられたところでどうも思わん。電撃の百発や千発、好きなだけぶち込んでくれ。何なら雷でも構わない、むしろすっきりするくらいだ」

 険しかった香川の目が、たちまち皿のように丸くなった。

「ん? どういうことだ?」

野崎は顔を背けたまま黙り込む。

「風嵐、いったんストップだ」

 程なくして、悲鳴が止んだ。代わりに、荒い息遣いが聞こえてくる。

 香川は、目をしぱしぱさせながら二人を交互に見やり、最終的に野崎に視線を留めた。

「お前たち、組んでるんじゃなかったのか?」

「一緒にいたってだけで仲間と決めつけるな。あっちが一方的に利用しようとしてきただけだ。ったく、思い込みが激しすぎる」

 香川が状況を飲み込むのに、少々時間が掛かりそうだった。文字通り頭を抱えながら、困ったように唸る。そこに、

「香川」

弱々しい掠れ声が飛んだ。香川は表情を変えないまま振り向く。

 寒河が、息を切らしながら強かな目で見据えていた。香川が未だぼやっとしていると、寒河はさらに続けた。

「野崎の、身体を、乗っ取る。だから、ここの、彼を、外に、出して欲しい。気が散って、上手くいかない、可能性がある」

「んだと?」

風嵐はさっそく寒河を壁に繰り返し叩きつけた。それだけでは飽き足らず、首元を両手で締め上げ、電流を放出しようとする。

「風嵐、待て。花山を潰すためだ、やめてくれ」

 風嵐はつまらなそうに息を吐き、寒河の腹を強く蹴飛ばした。

「おい」すかさず香川が叫ぶ。「それ以上弱らせるな」

「はーい」

風嵐は寒河を雑に手放し、わざとらしく両手を挙げた。その格好のまま、足音を大きく鳴らして会議室を出ていく。

 ドアの閉まる激しい音がした。

 香川が立ち上がり、寒河の前まで歩み寄る。

「立てるか?」

顔の前に右手を差し出す。しかし、寒河は白々しい目を向けるだけだった。押しつけるようにさらに前へ突き出すと、相手は背中の手錠をガチャガチャと鳴らした。

「あー、そうだったな」

香川は寒河の両方の二の腕を掴み、引っ張り上げた。

 中央の席に戻ると、香川は自分の席に寒河を座らせた。

 椅子の位置を調節しながら、寒河が凶悪な上目を正面の男に向ける。怖気づいたのか、あるいは何をされるのか知っているからか。逃げるように瞼がきつく閉じられた。

「侵入経路は何も、目とは限らないぞ? 身体ハックを免れる正しい方法は、前に座る男のいっさいを頭の中から追いやることだ」

「おいおい、そんなこと教えていいのか?」

横から香川が耳打ちするが、寒河は無視して囁き続ける。

「どんな顔で、どんな目つきか。髪の色はどうだった? 長さは?」

 香川は不安に思いながらも、静観することにした。

 杞憂だとわかるまでに、そう時間は要らなかった。野崎の顔から、立ちどころに余裕が引いていくのだ。決して寒河の助言を無視したからではない。むしろ、従ったからだった。

 意識から排除しようと思えば思うほど、逆に存在感が膨れ上がっていくのである。

 野崎は閉じている目元にぐっと力を入れ、口を開いた。

「もういい、わかった。わかったから黙ってくれ」

「背丈は? 体型は? すべて忘れろ、服装もだ」

寒河はわずかに口元を緩めた。それから、おちょくるような声でトドメを刺した。

「ああ、もうひとつあったな。声だ。忘れないと『隙間』ができるぞ?」

 相手の思惑にまんまと嵌められた野崎は、最後まで抜け出すことができずに憑依を許した。きつく閉じた瞼を開き、香川のほうを向く。

「携帯を貸せ。連絡する」

「もう憑りついたのか?」

香川は話し掛けてきた相手ではなく、抜け殻状態の寒河に訊ねた。すると、

「そっちに話し掛けるのはなるべく避けてくれ」

すかさず憑依先――野崎が指摘した。

「悪かった」

香川が決まり悪そうに頭を掻く。

 スキンヘッドが野崎に近づき、胸元からスマホを探り当てた。野崎の前にかざし、顔認証でロックを解除する。

 さっそく電話帳を開き、目当ての人物を探し出した。

 画面をスクロールする指は、なかなか止まらなかった。途中から香川も加わるが、それでも見つからないらしい。

 二人がぶつぶつと呟きながら悪戦苦闘していると、

「ハマダトオルだ、偽名で登録している」

野崎が頭から「覗いた」情報を告げた。

「なるほど、道理で見つからないわけだ」

香川たちがリストを読み返す間に、野崎がさらに補足する。

「漢字だと浜松(はままつ)の浜に田んぼの田、徹夜の徹だ」

「助かる」

 程なくして、画面を弾いていた指がタップし始めた。数度押したところで呼び出し音が鳴り、野崎の耳元に宛がわれた。

 電話は四コールで繋がった。

『もしもし、野崎さん?』

口調が軽めの、はきはきとした声が聞こえた。

「いきなり悪いな、今大丈夫か?」

『いいですよ』

 少なくともまだ、こちらを疑っている様子は感じられない。

 野崎は一息吐いてから話を切り出した。

「まずは簡単に報告から。無事、番犬に濡れ衣を着せることができた」

『おお、それはよかった、ありがとうございます。それにしても、番犬が負け犬にって面白いですね』

「まったくだ」

通話越しの笑い声に合わせて、野崎も嘲笑交じりの返事をする。無論、真顔である。

『今は番犬周りの精査ですか?』

「ああ。連中、一ミリも疑ってないぞ? 今のうちに逃げる準備を済ませておくといい」

『ああ、それなら大方できでます』

 束の間の沈黙があった。

「もう?」

驚くあまり、素の声が零れる。

『はい。安地組のコンさんが自家用ジェットを用意してくれました』

「くれましたってことは、いつでも発てるのか?」

『ええ。なんで明日――日付変わったから今日ですね、昼十二時半に飛びます』

 野崎と香川が顔を見合わせた。その隣で組員がメモを取る。

「場所は? 言っておくが、お前も宇都宮の殺害容疑でマークはされてるぞ?」

『茨城空港の予定なんですけど、張られてますかね?』

 香川が勝利を確信したような笑みを浮かべ、腕を組んだ。

「さすがに大丈夫だと思うが、万一のことがあったらこっちで何とかする」

『わかりました。野崎さん、頼りになります』

「任せてくれ。お前にはずいぶん世話になったんだ。叶うなら、最後くらい挨拶したかったが」

『僕もです』

野崎は冷めた顔のまま、感極まって言葉が詰まったような間を持たせた。

「しかし、準備が早くて助かるよ。香川たちだけが厄介だが、明日の昼までならどうにかできそうだ」

『漸義会の他にも実はもうひとり、注意して欲しい奴がいます』

「ん? 誰だ?」

またもや素の声が漏れる。これといって思い当たる人物が浮かばない。

『狐です。バーの奥の部屋にいる気持ち悪い情報屋ですね』

「ああ……」野崎がどこか不満そうな表情を浮かべた。

『一応牽制はしておきますが、もしかすると野崎さんのほうに行くかもしれません。侮らないほうがいいです』

「何、心配するな。こっちは伊達に二十年異保官やってるわけじゃないんだ、たかが情報屋ごときにしてやられたら噴飯ものだ」

『確かにその通りだ』

花山が笑う。今度は野崎も一緒に笑った。

 香川が自分の腕時計を人差し指で叩きながら、目配せした。通話を終わらせろという合図だろう。

「おっと、もうすぐ会議の時間だ。この辺で失礼する、いきなり電話して済まなかったな」

『いいえ、お忙しいところ報告ありがとうございます。それじゃあ、引き続きよろしくお願いします』

「わかった。花山、元気でな」

スキンヘッドが切断アイコンを押し、通話が終了した。

 香川が大会議室内を見渡し、全員に呼び掛けた。

「朝七時にここを出る。栗原、茨城の奴らに応援要請しといてくれ」

予定の周知が行われる間に、野崎が自我を取り戻す。徐々に虚ろな顔に英気が宿ると、周りを軽く見回した。

 ようやく意識が飛ぶ前の記憶を思い出した。空白時間に何があったのかも、香川の話から把握すると、途端に血相を変えて立ち上がった。

「この野郎! 利用しやがって!」

右足が目の前に座る男の鳩尾を強く蹴る。パイプ椅子の倒れる音がけたたましく鳴り響き、組員たちがいっせいに振り向いた。香川も話を中断する。

 野崎は、床に倒れる寒河の腹に追加の蹴りを加えた。

「ああ、畜生。電撃でくたばるまで放置すりゃあよかった!」

感情のままに、さらなる追撃を加えようとする。

「おいおい、落ち着け」

香川が煩わしそうに間に入り、野崎の肩を叩く。

「うるせえな、ドブタヌキ。目ん玉潰すぞ?」

野崎の怒りの矛先は、一瞬にして寒河から香川にシフトした。足をブンブン振り回して威嚇する。直ちに組員たちが牽制に加わるが、簡単に収まるとはとても思えない状態だった。

 猛獣の咆哮のような罵声が飛び交う。

 一歩引いた位置から眺めていた香川が、わざとらしく大きな咳払いをし、注目を掻っ攫った。

「花山の奴が死ぬまでは生かしておいてやろうと思ったが、喧しすぎるな。とっとと絞めるか」

瞬き一つしない冷徹な目が、静かな殺意を訴える。

 野崎は唇を噛みながら睨み返した。今回はそれだけだった。

 騒ぎが静まり、打ち合わせが終わると、会議は解散の流れになった。組員がぞろぞろと部屋から出ていく。

 組員たちを見送る香川と野崎、床の上で横になる寒河だけが残った。

 香川は二人のほうを見ると、

「お前らも連れてくからな」

そう言い残し、立ち去ろうとした。

「待て」とっさに野崎が呼び止める。「俺たちの寝床はどこだ?」

「スペースならその辺にいくらでもあるだろ。老眼で見えないか?」

「床に雑魚寝だと? 冷たいし固い、おまけにでっかい虫の添い寝つき。最悪だ」

「情報屋は寝てるが」

「ああ、そうみたいだな。敵地でぐっすりとは感心だ」

「まぁ、電気に暴力に散々だったからな。そうだ、お前も同じことをしてもらえば寝れるんじゃないか?」

香川がおちょくるように首を傾げると、野崎は慌てて目を逸らした。

「あー、何だか眠くなってきたから大丈夫だ」

野崎はその場で寝転がると、近くにいた蛾に息を吹きかけ追い払った。

 香川は無言で背を向け、歩き出した。扉の前まで来ると、改めて部屋の中を確認し、離れて横になる野崎と寒河を一瞥した。

 安堵の息が吐き出されると同時に、ドアノブに手が触れた。

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