コロナワクチン
コロナワクチンについて、完全に個人の考えを記載しています。
真実が明らかになるのはこれから何年もたってからだろうと思います。
今は、現在起こっている「コロナワクチン被害に関する裁判」の行方を確認し続けます。
コロナワクチン
俺は1度も打たなかった。自分の意志で拒絶した。最悪仕事がなくなる覚悟もした。
日本中がコロナワクチンを有難がり我先にと打ちに走った。しかし当時のニュースでは、
看護婦の急死、野球選手の体調不良からの死亡、野球少年の急死などの報道もされていた。疑問に思った俺は、ネットを検索して情報を集めた。結論は、これはワクチンではない。治験も終了していない。成分も公開されていない。いろんな副作用が発生している事実がなぜか広く世の中に広がっていかない。不可思議なことだらけであることだった。
コロナが蔓延していた3年間は、毎日「俺の判断が間違っているのか。本当は打つべきなのではないか」との自問自答の戦いでもあった。政府の広告も“思いやりワクチン”などと、まるで打っていない人間を非国民扱いしてくるような感じだった。旅割や各種優遇策もすべてこのワクチンを打っているものだけが享受できる仕組みだった。
しかし毎日自問自答のうえ下していた決断は「このワクチンは自分が打ったら死ぬだろう」との結論であり、最後の1人になっても絶対に打たないと覚悟を決め続けていた日々でもあった。
田舎の母親は1回目を打った2週間後に脳梗塞で緊急入院した。現在は要介護3レベル。
事前に電話でワクチンは打たない方がよいとアドバイスしていたのだが、田舎なので近所に合わせないといけないとの理由から、またテレビで政府が推奨していることだからと信じて疑っていなかった。
俺は、今でもコロナワクチン接種を止められなかったことを後悔している。
兄貴は医療関係の仕事であり打たざるを得ないとのことで連絡を取るにとどめた。
最悪、コロナワクチンを打った兄か、打っていない俺のどちらかが生き残れば親の面倒を見ることができるだろうと判断したから。
厚生労働省にある記念碑は何のために設置されているのだろう。この“殺人ワクチン”はいまだに中止にならず希望者に打っている。高齢化社会を避けるためか、増え続ける年金を抑制する為なのか、人口削減のための手段なのではないかと疑っている。
きっと何十年後かに政府の広報から「コロナワクチンを打って健康被害にあわれた人を救済するCM」が流れるのだろう。また、推奨していた医者や関係者は「当時の判断は仕方なかった」の一言で済ませてしまうのだろう。誰も責任を取ろうともしない。そんな未来が見える。
※福島教授をはじめ北海道有志医師の会の方々を含め、真実に向き合いコロナワクチンについて警鐘をならし続けている医療関係者を支持します。
以上
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