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魔王の右腕は、拾った聖女を飼い殺す  作者: 海野宵人
番外編:花の子ら

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手つなぎ

 アニスの世話を始めたダリオンは、抱っこし続けていないとアニスがギャン泣きするとこぼす。そのせいで、すっかり寝不足のようだ。ニコルが家に手伝いに来てみれば、目の下にくまができている。


 さすがに見かねて、ニコルは支援を申し出た。


「見ててあげるから、ちょっと昼寝してらっしゃい」

「いいの?」

「いいわよ」


 ニコルがアニスを受け取ると、ダリオンは居間のソファーにごろりと横になる。


(ちゃんとベッドで寝ればいいのに)


 寝室に行くよう声をかけようかと思ったが、すでに寝息をたてていた。よほど疲れていたらしい。


 ミルクを飲ませたり、ゲップを出させたり、おむつを替えたり、頬や手をツンツンつついて笑わせたりしているうち、アニスは大きくあくびをした。


「おねむですかー。よしよし」


 ゆっくりと揺らしてやれば、やがて目が開かなくなり、すやすやと寝息をたて始める。静まり返った家の中で、二人の寝息だけがかすかに響いた。ニコルはダリオンが寝ているソファーの向かいに腰を下ろす。


 しばらくそうしてアニスを抱いたまま座っていたが、頃合いを見て、ローテーブルの上に置かれたかごの中にアニスを寝かせた。ぐっすりと眠りに落ちたアニスは、目を覚まさない。


 ニコルが思うに、ダリオンは少しせっかちなのではないだろうか。大人だって、寝入りばなは眠りが浅いものだ。ぬくぬくと温かい腕の中から冷たいシーツの上に下ろされれば、背中がひんやりする。寝入りばなにそんな刺激を受けたら、目が覚めてしまうのも当然ではないか。


 気持ちよくうとうとしたところを起こされるほど不快なことはない。それはギャン泣きだってするだろう。ベッドに寝かせたいなら、ぐっすりと眠りが深くなるまで待ってやらなくては。ニコルは姉からそう教わった。


 ソファーに座ったまま、頰杖をついてアニスの寝顔を見ていたニコルは、あることに気づいてしまった。


(この人たち、そっくりなんですけど!)


 右手を投げ出し、左手を腹の上に載せて寝ている姿が、完全に相似形だ。寸分たがわず同じ姿勢であることに、思わず吹き出してしまった。一緒に暮らしていると、似てくるものなのだろうか。


 くすくす笑っているうち、ダリオンが目を覚ました。


「ああ、楽になった。ありがとう」

「どういたしまして」


 ダリオンは目をこすりながら起き上がり、そしてアニスを二度見した。


「おとなしく寝てる……!」

「ずっといい子だったわよ」

「なんで……」


 ニコルは説明を試みたが、結局ダリオンはアニスをベッドに寝かしつけられるようにはならなかった。まあ、ダリオンなりの回避策を見つけたみたいだから、それでよいのではないだろうか。ニコルがいるときには、寝かしつけられるのだし。


 ダリオンの愚痴は、寝かしつけの他にもいろいろある。危なくて目が離せないとか。でも、赤ん坊なんてみんなそうじゃないかとニコルは思う。何が危ないか知らないのだから、仕方がない。


 ダリオンの目には、アニスがとんでもないお転婆に映るようだ。だがニコルに言わせれば、アニスはそこまでやんちゃじゃない。好奇心旺盛で、活発な子ではあるだろう。でも、ダリオンに言われるほどじゃない。


 手の付けられないやんちゃとは、少年時代のダリオンのような子を言うのだ。四歳でロッキードレイクやガストワイバーンにひとりで突っ込んで行くようなとんでもない子は、後にも先にもダリオンしか見たことがない。


 あのときはニコルを含め、ダリオンのおかげで救われた命があったわけだけれども、それはそれ、これはこれなのである。ダリオンだけは、アニスのやんちゃをとがめる資格がないとニコルは思う。


(それにしても、よく似てるわよね、この二人)


 素直で、好奇心旺盛で、やると決めたら努力を惜しまないところは、本当によく似ている。そして、ちょっと天然なところも。



 * * *



 アニスが十歳になった年、収穫祭の夜祭りに誘われた。誘われたというか、アニスが一緒に行こうと言って聞かないので、ニコルが折れたのだ。夜祭り警備の担当があるからと、それまでは毎年断っていた。


 だがこの年は、別の者が担当するよう、ダリオンが話をつけてきた。「毎年ひとりに負担が偏るのはおかしい」と周りを説得して。正論ではある。


 ニコルも一緒に行けることに、アニスは大喜びだ。出かける前に家で、はしゃいでニコルにまとわりつくアニスを見ながら、ダリオンがこぼす。


「こいつ、ホタルの輪をほしがらないんだよなあ」


 これを聞いて、ニコルは思った。


(誰かさんと一緒じゃないの)


 さらに続けられた言葉に、ニコルは吹き出しそうになる。


「着けててくれるほうが、迷子防止になってありがたいんだけどな」


 どの口がそれを言うのか。その言葉、そっくりそのまま、あの日のダリオンに聞かせてやりたい。


 もっとも、アニスがホタルの輪をほしがらないのは、ダリオンとはまた違う理由からだとニコルは知っている。この子がほしがらないのは「子どもっぽいから」などという見栄っ張りな理由からではない。髪飾りが要らないのだ。それがどんな髪飾りかは、関係ない。


 ホタルの輪が要らないのは、いつも身につけている髪飾りを外したくないから。


 アニスは四歳の誕生日にダリオンから贈られた髪飾りを、それは大事にしている。起きている間ずっと身につけているせいで、「光ダークエルフ」なんてニックネームが付いたほどだ。すっかりこの子のトレードマークとなっている。だからあえてホタルの輪を勧めようとは、ニコルは思わなかった。


 ホタルの輪がないなら、手をつなげばいい。ニコルはアニスに声をかけた。


「はぐれたら困るから、手をつないでてもらってもいい?」

「うん、いいよ」


 どこか既視感のあるやり取りとともに、少女と手をつなぐ。すると、ニコルの目の前にもうひとつの手が差し出された。ダリオンだ。


(ん?)


 意味がわからず、ニコルはきょとんとする。さすがにもう、迷子になるのを心配する年じゃないだろう。なのにダリオンときたら、ニコルが手を取らないほうが不思議なことのように、当然の顔をして説明した。


「はぐれたら困るだろ」


 冗談を言っている顔ではない。いたって真面目だ。


 どこか釈然としない気持ちを抑えて、ニコルはその手を取った。あの頃とは違い、自分よりも大きな手だ。あのときにはニコルの肩までしかなかった身長も、今では見上げるほどになっていた。


 だがやはり、納得いかない。つい首をひねると、アニスはそれを不安の表れと勘違いしたようだ。したり顔でニコルに微笑みかけた。


「大丈夫。ちゃんとつないでてあげるから」


 アニスのこの言葉に、ニコルはあっけにとられる。


(つないでてあげるって、どうしてそう上から目線なわけ?)


 そしてついに、衝撃の真実に思い当たってしまった。


 ダリオンもアニスも、迷子になるのはニコルだと思っている。彼女が「はぐれたら困るから」と言ったのを「ニコルが迷子にならないように」という意味だと思っているのだ。あくまでも迷子になるのは自分じゃなくて、ニコルである。


 自分が迷子になるという発想が、そもそもない。はぐれたなら、迷子になったのは相手のほう。


 だから大人になった今でも、手をつなぐ。ニコルが迷子にならないように。


(ほんとこの人たち、そっくりだわ……)


 右手をダリオン、左手をアニスとつなぎながら、ニコルはどこか遠くを見る目になった。

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