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魔王の右腕は、拾った聖女を飼い殺す  作者: 海野宵人
番外編:花の子ら

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風の子 (2)

 ロッキードレイクを倒し終えたニコルは、引き役を引き受けてくれたダリアに「お疲れさま」と声をかけた。


 ところがダリアは表情をこわばらせて目を見開き、ニコルのほうをじっと凝視するばかりだ。


(ああ、やっぱり。怖がらせちゃったかな)


 しょんぼりと悲しい気持ちになったところへ、ヘザーから鋭い声が飛んできた。


「ニコ、危ない!」

「え?」


 何が危ないのかわからず、辺りを見回す。だが、やはりわからなかった。するとダリアが、ニコルの頭上を指差して叫んだ。


「後ろ!」


 面くらいながらも後ろを振り向き、ニコルはギョッとした。なんと上空からガストワイバーンが、ニコルを目がけて飛んできているではないか。どうやら血の臭いに引き寄せられて来たらしい。ロッキードレイクの血しぶきを全身に浴びたニコルが、標的になっていた。


 ロッキードレイクと同様、ガストワイバーンもドラゴン系列の魔獣だ。


 しかし飛行型なので、討伐には弓か魔法による遠距離攻撃が欠かせない。魔法攻撃の要員ならヘザーがいるのだが、あいにく彼女は風魔法使いだった。ガストワイバーンは風魔法に対して高い耐性を持つため、風魔法では歯が立たないのだ。


 上空に静止し、ガストワイバーンがすうっと息を吸い込む。風魔法攻撃の予備動作だ。ヘザーの号令により、住民たちはすでにその場を離れて建物の中に避難していた。


 予備動作が終わるタイミングを見極め、ニコルは脇に大きくステップする。ニコルのいた場所に風魔法攻撃が放たれ、地面が小さくえぐれて土ぼこりが舞った。それを何度か繰り返す。


 まずい。このままではじり貧だ。明らかにガストワイバーンは、ニコルが疲れて動きが鈍るのを待っていた。


 何とかして攻撃を避ける必要があるが、町の中に逃げ込むのは論外だ。かといって、町の外にはガストワイバーンの攻撃を避けられるほど丈夫な建物など、あるはずもなかった。


 ニコルは純然たるパワー型であり、さして持久力は高くない。早くも額に汗がにじみ、息が切れてきた。このままではガストワイバーンの狙いどおり、遠からずへたばって、攻撃をくらってしまうだろう。そうなる前に、少しでも町から離れた場所に誘導しなくては。


 ニコルは死を覚悟して、町と反対方向に走り出した。注意深く羽ばたきの音を聞きながら、予備動作を予測しては振り返り、対処する。背後からの攻撃魔法を受け流しながら走るのは、容易なことではなかった。


 だがそのうち、ガストワイバーンが「ギャア!」と耳障りな怒りの咆哮を上げた。さらにヘザーの悲鳴のような叫び声が聞こえる。


「ダリア!」


 驚きに思わず足をとめ、振り向いてみれば、あろうことかダリアがガストワイバーンに向かって魔法攻撃を放っていた。ダリアも風魔法の使い手らしい。


 しかしダリアは、ただ単に風魔法を使っているだけではなかった。手のひらに載せた砂を吹き上げて旋風に巻き込み、的確にガストワイバーンの目を狙っている。


 子どもの使う魔法とは思えない、その緻密な操作に、ニコルは目を見張った。


(すごい)


 これならば、風魔法に耐性の高いガストワイバーンにもダメージを与えられる。命を削るほどの攻撃ではない。しかし怒ったガストワイバーンが標的を変えるに十分なだけの威力があった。


 ガストワイバーンがダリアに狙いを定めると、ダリアはやんちゃな笑みを浮かべて走り出した。しかも速い。まるで足に羽が生えているかのようだ。そして魔獣が魔法の予備動作に入るたびに、木の幹や道端の岩の陰にサッと身を隠す。ほっそりした子どもの体で隠れることのできる場所は、意外に多かった。


 何度も何度も魔法攻撃をかわされ、次第にガストワイバーンはイライラを募らせていく。ついには怒りが頂点に達したようだ。そして魔法ではなく、物理的な手段に訴えることにしたらしい。ガストワイバーンはダリアに向けて「ギャア!」と威嚇した後、滑空姿勢をとった。


 その瞬間、ダリアは全速力で駆け出す。──ニコルに向かって。


 まるで図ったかのように、ニコルの目の前でガストワイバーンがダリアに追いつきそうになった。だがこのときにはもう、ダリアの意図はニコルに伝わっていた。地上にいるダリアを物理攻撃するということは、地上付近まで降りてくるということだ。


 目の前を滑空するガストワイバーンを蹴り上げ、羽を叩き折る。片羽を失い、飛べなくなったガストワイバーンは、ぶざまに地上に落ちた。こうなればもう、ものの敵ではない。羽の次には首をへし折り、とどめを刺した。


 ダリアはニコルに駆け寄ると、うれしそうに笑いかけた。


「やったね!」

「『やったね』じゃないでしょ! なんて危ないことをするの!」


 血相を変えたヘザーが駆け寄り、ダリアを叱り飛ばす。だが、ダリアは生意気な顔でけろりとしている。


「危なくないよ。だって、倒してくれるってわかってたし」

「だいたい、どうしてこんなとこにいるの? お父さんとお母さんには言ってきたの?」


 これにダリアはスッと視線をそらした。どうやら黙って抜け出してきたらしい。そっぽを向いた黒髪の上を、そよ風が吹き抜けていく。そのとき、ニコルはあることに気づいて目をまたたかせた。


(あれ? この子、男の子?)


 それまで気づかなかったが、髪に隠れるようにして小さな角が生えていた。角が生える種族はダークエルフだけで、それも男性に限られる。てっきりボーイッシュな美少女とばかり思っていたのに、男の子だったなんて。


 しかしそう気づいてから改めて見てみると、もう少年にしか見えなかった。先入観のせいで女の子だと思い込んでいただけだ。


 呆れたようにため息をつきながら、ヘザーは末っ子をニコルに紹介した。


「この困ったやんちゃっ子が、我が家の末っ子ダリアです」

「ダリオンだよ」


 ムッとしたように、ダリア改めダリオンは訂正する。


 後で聞いた話では、先入観があったのはヘザーたちの両親もだったらしい。男の子が滅多に生まれないダークエルフ族とあって、てっきり四人目も女の子だとばかり思い込んでいた。それで生まれる前に、気の早いことにダリアと名付けてしまう。


 ところが生まれてきたのは、まさかの男の子。あわててダリオンと付け直したのだとか。


 ダリオンに向き直り、ニコルは自己紹介した。


「私はニコル」


 言ってしまってから、これではあまりに素っ気ないと気づいた。


 けれどもダリオンは、ニコルの愛想のなさなど少しも気にした様子がない。「ニコル、強いね!」と、屈託のない笑顔を見せた。ニコルがホッとしたことに、その表情にはどこにも畏怖や嫌悪の色が見当たらなかった。むしろ純粋な憧憬と賞賛にあふれている。


 これがニコルとダリオンの出会いだった。

※魔族中型種の四歳=人間の十二歳くらい

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