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魔王の右腕は、拾った聖女を飼い殺す  作者: 海野宵人
番外編:花の子ら

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風の子 (1)

 呆然として固まってしまったヘザーとニコルに、群衆から次々に声がかけられた。


「軍のかたですか!」

「大変なんです、助けてください」

「お願いです、子どもが……」

「うちの子を助けてくれた子が、危ないんです。お願いします」


 何が何やらさっぱりわからず、とにかく収拾がつかない。いち早くヘザーが我に返り、人々に声をかけた。


「誰かロッキードレイクのところへ案内してください」

「俺が行きます。こっちです」


 申し出たのは、コボルト族の青年だ。この地域はコボルトの人口が多いらしく、集まっている人々はほとんどがコボルトだった。


 コボルトはゴブリンに比べるといくらか体格がよい代わり、足が遅い。決して足の速くないニコルでも、小走りで十分に追いつける速さだ。彼がゴブリンじゃなくてよかった。ゴブリンなら、ニコルの足では付いていけないところだった。


 コボルトの青年は、走りながらこれまでの状況を説明した。


「町の住民は、全員避難して無事です」

「それはよかったわ」

「ただし、避難の途中で事故がありまして」

「何があったの?」


 青年によれば、農作業を中断して避難中だったコボルトの農婦と子どもが、途中で転んでしまった。あわやロッキードレイクの餌食となるかと思われたのだが、そこへ中型種の子どもが飛び出してきたそうだ。


 その子どもはロッキードレイクに魔法で攻撃して、相手の注意を自分に引きつけた。その隙に、農婦と子どもは無事に逃げおおせることができたのだった。しかし代わりに、その子どもが魔獣から付け狙われることになってしまった。


「その子は今も、町の外で逃げ回り続けてます」


 住民たちにとっては、すばらしい英雄行為である。だが中型種であろうと、まだ子ども。魔獣を倒せるわけがないのも、見ればわかる。かといって、自分たちにどうにかできるような相手でもなかった。手も足も出せず、遠くからハラハラと見守るばかりだ。


 そうして軍から討伐のために人が派遣されてくるのを、今か今かと転移陣の前で待ちわびていたというわけだった。


 町から外へと続く街道を走っていくと、やがて町外れに再び人垣が見えてきた。どうやら、この先にロッキードレイクがいるらしい。


「道を空けてくれ! 討伐の人が来てくれた!」


 コボルトの青年が叫ぶと、ざわざわと安堵の声とともに人垣が割れる。その先には時々ドーンという地響きとともに、土ぼこりが上がるのが見えた。その土ぼこりの前方に、ほっそりした子どもの姿がある。


 さらさらとした黒髪は、ボーイッシュなショートボブ。遠目にもわかるほど、整った顔立ちをしていた。


 その姿を目にしたとたん、ヘザーは頬に手を当てて叫ぶ。


「ちょ……。ダリアじゃないの! あの子、こんなとこで何やってんの⁉」

「え?」


 驚きに目を見張ったニコルは、しかしすぐに冷静さを取り戻した。ヘザーに合図してから、ロッキードレイク近くまで駆け寄る。そしてダリアに向かって叫んだ。


「小さいほうから行きます! そのまま引いててもらえる?」

「うん!」


 ダリアの額には、うっすらと汗が光っていた。だがまだ息を切らすほどではなく、余力がありそうだ。


「私が攻撃開始したら、なるべく離れた場所で引いてちょうだい!」

「わかった!」


 ロッキードレイクのスキル攻撃範囲にいると、危ない。そう思ってダリアに指示を出したのだが、すぐに意図を察したようだ。そつなく町とは反対方向に走って行く。


 本来なら、引き役はヘザーに頼むべきところであろう。でももう、ここまでダリアが長時間引き続けた後では、簡単に敵の注意をそらすことができるとは思えなかった。子どもの助力を当てにするなど、軍人の風上にも置けない行為だが、背に腹は代えられない。


 ニコルはつかず離れずの距離を保ちながら、攻撃のタイミングを待つ。


 やがて小さいほうのロッキードレイクが、足をとめてブルブルと体を震わせ始めた。これはスキル発動の予備動作だ。ニコルはこれを待っていた。即座にロッキードレイクのあごの下に入り込む。通常であれば、前足の鋭いかぎ爪が届く位置まで近づくなど、自殺行為でしかない。


 だが、この予備動作中だけは例外なのだ。そしてロッキードレイクの弱点は、あごの下から胸にかけての皮膚が柔らかくなっている場所だ。


 ニコルは腕と足に限界まで魔力をまとわせ、蹴りと拳を一気に叩き込んだ。あごの下の柔らかい皮膚が破れ、切れた血管から血が噴き出す。ロッキードレイクは予備動作をとめ、痛みと怒りで咆哮(ほうこう)を上げた。即座に離脱しながら、横目でチラリとダリアの様子をうかがう。目を丸くしてこちらを見ているのが、視界の端に映った。


 ニコルは自分の戦い方が「きれい」ではないことを知っている。


 武器を持たず、自分の身ひとつを武器にしたこの戦い方を目の当たりにすると、人は恐怖や嫌悪を感じるものらしい。


(あの子にそんな目で見られたら、嫌だなあ……)


 せめて、もうちょっと違う出会いかたをしたかった。


 こんなところでばったり出会ったりさえしなければ、ヘザーの同僚のお姉さんとして紹介してもらえたはずなのに。ツキッと胸が痛み、ダリアから視線をそらす。しかもパワー型の本領を発揮するのは、まだこれからなのだ。


 オーク族と言っても、ニコルの外見上の体格はヘザーと大差ない。兄たちのようにムキムキというわけではないのだ。けれどもオークのパワーは、筋肉量よりも種族スキルに負う部分が大きい。ニコルは兄たちのような筋肉量がない代わり、魔力量が多かった。その結果、ぱっと見にはすらりとしているにもかかわらず、兄たちとほとんど変わらないパワーがあるのだった。


 ロッキードレイクが懲りずにスキル予備動作に入ったところを、再び狙う。しかし今度はただ攻撃するだけではなかった。ロッキードレイクの首に腕をかけ、背負い投げをする。


「せい、やっ!」


 ニコルのかけ声とともに、ロッキードレイクは土けむりを上げ、背中を下にしてひっくり返った。ロッキードレイクは、大型のクマ二頭分ほどの大きさがある。その巨体をひとりで投げてみせた力業に、見守る人だかりからどよめきが起きた。


 こうしてひっくり返してしまえば、空中に弱点がさらされ、魔法攻撃も当たるようになる。すかさずヘザーが全力で魔法攻撃を繰り出し、とどめを刺した。


 同じようにして二体目も倒す。


 これにて無事に任務完了──のはずだった。なのに何ともついていないことに、予定外の災厄に見舞われる。しかもそれは、ロッキードレイク以上の難敵だった。

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