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魔王の右腕は、拾った聖女を飼い殺す  作者: 海野宵人
番外編:花の子ら

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花の姉妹

 ニコルは、机上の紙とにらめっこをしていた。十四歳の彼女はつい先日、軍の見習いから一般に上がったばかり。中型種が一般に上がるのは、十五歳から二十歳くらいが多いと言われている。標準と比べたら、彼女の昇格はかなり早いほうだった。


 一般に上がると給与が増えるが、それに比例して責任もぐっと増える。しかも中型種の仕事は、基本的に管理業務だ。だからどうしても頭を使う作業が多かった。今は、次の人事異動案の作成をしている。


「ニコ、いける?」

「あ、うん」


 時間を忘れて没頭していたニコルは、声をかけられて顔を上げた。いつの間にか、昼休みの時間になっていた。


 呼びに来たのは、友人のヘザー。ニコルの先輩で、魔国軍には珍しいダークエルフだ。魔国軍に珍しいというか、そもそもダークエルフという種族は人口が少ないので、存在自体が珍しいのだが。


 彼らはその優れた容姿を活かして、ダンサーや舞台俳優など、芸能関係の職に就いていることが多い。容姿端麗なのは光エルフもだが、美人や美少女と形容される光エルフに対し、ダークエルフは「美人というより美女」などとも言われる。希少性とも相まって、世間一般的には評価が一段高いのだ。


 そんなダークエルフのヘザーが、軍などという地味きわまりない場所に勤めているのが、ニコルには不思議で仕方がない。不躾とわかっていても、思わず尋ねてしまったことがある。


「どうして軍になんか勤めてるの?」

「私は『地味な次女』だから。ほら、そもそも名前からして地味じゃない?」


 ヘザーは四人姉妹で、自称「地味な次女」。姉妹たちは全員、花から名前がとられている。上から順にローズ、ヘザー、リリー、ダリアと言う。


「私以外、全員が大輪の花なのにね。私だけ地味なのよー」


 確かにバラもユリもダリアも、どれも華やかな花だ。けれども、ヘザーだってけぶるような紫色が美しい、可憐な花だとニコルは思う。北部の丘陵地帯で、夏の終わりになると野に一面のヘザーが咲き誇る風景はまさに圧巻だ。決して地味じゃない。


 そうは言っても、他の花と比較すると地味に感じてしまう気持ちは、わからないでもなかった。ニコルにも姉がいるから。


 ニコルは四人兄弟の末っ子で、オーク族の兄が二人、光エルフ族の姉がひとりいる。父がオーク族、母が光エルフ族なので、同じ親から生まれた兄弟でも種族が分かれるのだ。


 魔族の子どもは、必ず親の種族のいずれかを引き継ぐ。この特性のおかげで、女の子の生まれにくいオーク族や、男の子の生まれにくいダークエルフ族も、人数を減らすことなく種族が存続している。不思議と種族ごとの人口比が変わらない、自然の摂理だ。


 珍しいオークの女の子とあって、家族からはとてもかわいがられたものだ。特に姉からは「うちのニコちゃん、世界一かわいい!」と猫かわいがりされた。


 だけど、とニコルは思う。自分もエルフに生まれたかった。そうしたらきっと、顔がこわいとか、凶暴だとか、脳筋だなんて言われることはなかっただろう。同じように筋肉質で無表情でも、兄たちなら「頼れる兄貴」と言われるのに。


 ヘザーは両親ともにダークエルフ族だから、姉妹たちは全員がダークエルフだ。それでも姉や妹と比較すると、何か思うことがあるのかもしれないな、とニコルは漠然と思った。


 そのヘザーは、このところ末っ子にメロメロだ。姉とすぐ下の妹はすでに家を出ているので、一緒に暮らしているのは四歳のこの末っ子だけ。かわいくてかわいくて、仕方がないらしい。カフェテリアで食事している間にも、しょっちゅう末っ子の話題が出てくる。


 自分から話題を振るのがあまり得意でないニコルは、いつも微笑ましく思いながら楽しく聞いていた。


 今日も「うちのダリアがね」と始まった。なかなかやんちゃで、手を焼いているらしい。しかしそれさえも、かわいいのだと言う。いったいどんな子なのだろう。そう思ったら、思わず口から言葉がこぼれ落ちていた。


「見てみたいな」

「じゃあ、両親が帰ってきたら、うちにおいでよ」

「いいの?」

「もち」


 ヘザーの両親は、どちらも売れっ子のダンサーだ。今は地方公演に出ていて、末っ子を連れて行っている。


(きっと、きれいな子なんだろうな)


 ヘザーとよく似た黒髪の美少女の姿を、頭の中に思い浮かべる。顔だけでなく、性格もヘザーと似ているかもしれない。もしそうなら、社交的で人懐こい子だろう。仲よくなれるだろうか。


 ニコルがまだ見ぬヘザーの「愛しの末っ子」に思いを馳せているところへ、「ちょっと失礼」と声が掛かった。


 ニコルとヘザーが同時に振り向いた先にいたのは、魔王のシェムだった。


「食事中にごめん。でも、ちょっと緊急でね。出張してほしいんだ」

「もう食べ終わったところだから、大丈夫。どうしたの?」

「人里近くで、ロッキードレイクの被害が出てる」

「うわあ……」


 ちょっと聞いただけでもやっかい事の予感に、ヘザーが思わずうめき声をもらす。シェムはその様子に苦笑いしつつも、話を続けた。


「二体がウィンクレーのすぐ近くまで来ちゃってるそうなんだ。行ってもらえる?」

「ウィンクレーって、北部の?」

「うん、そう」

「マイサム州よね?」

「そうそう」

「了解」


 先輩のヘザーは、テキパキと確認を進める。


 シェムが二人に話を持ってきたのは、主にニコルの戦力が欲しかったからだろう。ロッキードレイクはドラゴン系列の魔獣だが、足が遅く空を飛ばない代わり、非常に硬い。並みの攻撃力では歯が立たない上、魔法耐性も高いという、一筋縄ではいかない魔獣だ。それで、近接戦での攻撃力が高いニコルに白羽の矢が立ったものと思われる。


 シェムとの会話を切り上げると、ヘザーは即座にトレーを手にして「ニコ、行くよ」と椅子から立ち上がった。


「まずは経路を確認しないとね」


 かなり距離があるので、転移陣でひとっ飛びというわけにはいかないからだ。いくつもの転移陣を乗り継ぐ必要がある。やみくもに転移したって、魔力と時間の無駄づかいでしかない。急ぐからこそ、最短経路を事前に確認しておくべきなのだ。


 二人は昼食のトレーを返却すると、すぐさま資料室に向かった。


「ニコはマイサム州内の経路を確認してくれる?」

「はい」


 二人で手分けして経路を書き出した後は、備品室で消耗品を補充。互いに持ち物の不備がないか確認し合ってから、小走りに王城前の転移陣に向かう。


 メモを確認しながら、転移陣から転移陣へと移動を続けることしばし。国の北部にあるマイサム州ウィンクレーに到着した。州都ではないが、そこそこに大きな町だ。そうしてウィンクレーの転移陣に到着して、ヘザーとニコルは目を見開いて絶句した。


 どうしたわけか転移陣の前が、とんでもない人だかりになっていたのだ。

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