人間の言い分
手洗いを出た後は、まっすぐに『青水晶の間』に向かった。
長テーブルに、人間たちと向かい合って座る。このとき、人間側の間でちょっとした悶着があった。クレメント以外、座ろうとしなかったのだ。いったい何を警戒しちゃってるんだろうか、と思ったが、どうやらそういう問題じゃなかったらしい。
身分がどうのこうのと言っていた。しかし、クレメントの「いいから。座りなさい」との指示で、全員がぎこちなく席につく。その後、簡単に名前だけ紹介し合った。
そしてシェムがさっそく本題に入る。
「で、さっきの話を蒸し返しちゃうけど、ダリオンの質問に答えてもらえる?」
「今になってなぜ、という話ですね」
「うん、そうだね」
クレメントはしばらくうつむき加減に何か考え込んでいたが、やがて意を決したように顔を上げて口を開いた。
「魔族による侵攻が激しくなってきたためです」
これには魔族側がぽかんとしてしまった。ちょっと何を言っているのか、意味がわからない。国境を越えたやつが存在しないのに、魔族が人間たちの国に侵攻したって? ありえないだろ。
いち早く我に返ったシェムが、失笑をこらえつつ我々全員の疑問を代表して尋ねた。
「魔族による侵攻ってどういうこと? 具体的には、誰が何をしたのかな?」
「このところ魔獣の被害が年々増えているのです」
続きがあるかと思って待っていれば、クレメントはそれきり何も言わない。思わず俺は「え、それだけ?」と間抜けな声をもらしてしまった。クレメントは居心地悪そうに「はい」と答える。
このやり取りに、シェムは盛大に吹き出した。
「なんかもう、夏が暑いのも、冬が寒いのも、全部が全部、魔族のせいって言い出しそうな勢いじゃない?」
「うちの国の家畜が迷惑かけたって話なら、恨まれるのもわかるんだけどさ。野生の魔獣なんてどこで何してようが、俺たちの知ったこっちゃないよなあ……」
呆れた俺が思わずぼやくと、クレメントはますます居心地が悪そうだ。
しかしここで、シェムが魔王の本領を発揮した。さすがの公明正大さでもって、クレメントからさらに詳しく話を聞き出したのだ。シェムは朗らかで人当たりがよく、威圧的なところがないから、話しやすい。最初はおずおずといった様子だったクレメントも、次第に口がなめらかになった。
「我々の間では『魔獣の増加は、魔国による侵略の前兆』と古来より言い伝えられています」
俺たちにしたら噴飯ものでしかない荒唐無稽な話も、人間たちの視点では一応、筋が通っていると言う。とはいえ反論すると話の腰を折ってしまうから、まずは黙って話を聞いた。
根拠のひとつは、魔獣の出現範囲。
「魔獣が発生するのは、魔国と国境を接している我が国に限られています。この事実から、魔物は魔国から差し向けられたものと考えられているのです」
──俺に言わせれば、そりゃ「生息域」ってものだ。動物や植物の出現地域が偏ってるのなんて、別に魔獣に限った話じゃないだろ。だが、いちいち突っかかっていては話が進まないので、口は挟まない。
さらに人間たちの経験則として、魔獣の被害が著しく増えるときには必ず、勇者と聖女が現れる。だからこれは、人間が魔族に対抗しうる手段として神から遣わされた存在だと信じられているのだそうだ。
そして十数年ほど前から、魔物の被害が明らかに少しずつ増えてきた。
これは魔族による侵攻の前兆ではないか、ということで勇者を探してみたところ、まだ少年だった勇者が見つかったのだそうだ。シェムが首をかしげて尋ねる。
「勇者はどうやって見つけるの?」
「『聖剣』を使います」
「聖剣?」
「はい。我が国には『聖剣』と呼ばれるひと振りの剣が宝として伝えられています。この剣をさやから抜けるのは、勇者だけなのです。ですから、剣を抜ける者を探すのです」
これを聞いて俺は思った。それ、店での展示用の魔法剣じゃね?
魔法剣のさやには、ある程度以上の魔力がないと抜けないよう、魔術式が組み込まれているものがある。基本的には、店での展示品用。魔法剣はタイプごとに必要魔力が異なるものだが、いちいち説明しなくとも自分に使えるかどうかが簡単にわかるようにしてあるのだ。自分に使える剣なら、さやから抜ける。実にわかりやすい。
通常は販売時に、普通のさやに変えるものだ。だから、なぜ展示品が人間の国に流れたのかという点が、謎ではある。でもクレメントの説明を聞く限り、展示用のさやなのは間違いないと思う。普通の人間には魔力がないから、勇者にしか抜けないってだけじゃないのかなあ。
さりげなく魔族側の様子をうかがってみれば、よくわかってないアニスをのぞき、全員同じことを思ってる様子だ。笑うに笑えず、困ったような顔をしている。
「勇者が見つかったことから、聖女捜しにも熱が入ります。しかし、どうしても見つかりませんでした。そんな中、城で産婆を務めた者から衝撃的な告白があったのです」
その告白とやらが、魔族に連れ去られたという、あの与太話だったわけだ。
かくして、魔族から聖女を取り戻すために、捜索団が組まれることになる。ここに、まだ少年だった勇者も組み込まれた。魔国の国境を越えることができるのは勇者と聖女だけであることを、人間側も把握していたためだ。この捜索団というのが、アニスを連れ去ろうとしたあの連中だった。
やつらは帰国後、任務に失敗した理由を「保護した姫をお連れする途中、魔族の襲撃を受けて奪われた」と報告したと言う。その報告を受け、万全の準備を整えて姫を救いにやって来たのが今回というわけなのだった。ここで再びシェムが口を挟む。
「聖女はどうやって探すの? 聖女用の聖剣があるのかな」
「いえ、聖女を探すには『聖冠』を使います」
「聖冠?」
「はい。我が国の国宝で、聖女が身につけたときのみ白く光る宝冠なのです」
これを聞いて、俺は思った。それ、魔族の子どものおもちゃでは? しかも安いやつ。
小さい子どもってのは、光るおもちゃが大好きだ。だから魔族の子どもの間では、頭に載せると子どもの魔力で光る、髪飾り風のおもちゃが普及している。高いのになると、色とりどりに光る。
白くしか光らないのなら、一番安いやつだと見て間違いない。よく祭りの露店で売られてるやつだ。夜祭りで子どもの居場所がわかりやすくなり、迷子防止にもひと役買っている。高いほうは受注生産なので、工房に発注して作ってもらう。
魔族なら誰でも、子どもの頃に一度は遊んだことがあるんじゃないかな。アニスはなぜかまったく興味を示さなかったので、買わずじまいだったが。
その聖冠とやらで判断するなら、魔族は全員が聖女になっちまいそうだ。でも、とてもそんなことは言えない。だって国宝としてるのが実は安物の子どものおもちゃだったなんて、気の毒すぎるだろ。他のみんなも同じことを思ったらしい。困った顔のまま口をつぐんでいた。
クレメントが話し終わると、シェムは「それで──」と口を開いた。聖剣と聖冠についてはあえて触れることなく、質問を発する。
「あなたは今、この先どうしようと考えてるの?」
「まずは国に戻り、真相を明らかにしようと思います」
「うん、そうだね。それから?」
「その上で再び、姫の助力を仰ぐためにお願いに上がるつもりです。魔国による侵略でなくとも、我々がのっぴきならない状況にあることには変わりがありませんから」
「なるほどね」
話がひと区切りしたところへ、昼食が運び込まれてきた。
料理長は客人たちについて、どうやら何かを察したようだ。出てくる料理は面白いことに、アニスに縁のあるものばかりだった。たとえば前菜には、あの果肉の白いメロンを使ってあったし、メインディッシュはミンチステーキ。デザートには、アニス用に開発されたという、あのふわふわケーキが出てきた。
料理が供されるたびに、魔族の風習と、その料理がどうして生まれたかをシェムが説明する。もっともミンチステーキの話題のときは、料理の由来よりも「小ドラゴンの卵」という材料名のほうに人間たちの意識は持っていかれたようだったが。
別に、本当にドラゴンの巣から卵をかすめ取ってくるわけじゃないんだよ。そういう名前の果実なんだ。──そう説明したら、明らかにホッとした表情になった。が、次に「これが果実……?」と不思議そうな顔をしている。だから厨房から調理前の果実を運んでもらって見せたら、全員目を丸くしていた。
デザートのケーキにフォークを入れながら、クレメントは感慨深そうだ。
「彼女はここで、本当に愛されて育ったんですね……」
そうかもしれない。確かに、誰からも大切にされてきた。もっともアニスに限らず、魔族は本能的に子どもを大事にするものだが。
俺の場合は大切にするというより、ただ単に死なせないために必死だっただけのような気がするが。本当にこいつときたら、ちょっとでも目を離すと危険に向かってまっしぐらだったからな!




