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魔王、見せつける

 俺からも逆に人間たちに質問をした。


「どうして今になって、アニスを奪いに来たんだ? この国に捨てた後、五年前までずっと放置してたくせに、今さらだろ?」

「我々は、奪いにきたつもりでは……」

「国境の外に六千もの兵を控えさせておいて、それは通用しないんじゃないか?」


 やつが隠していたことを言い当てると、クレメントは目を見開いた。まさか俺が知っているとは思わなかったのだろう。


 先ほど人間たちが顔色を悪くしていたのは、これが原因だ。配置から考えて明らかに、交渉が決裂したら攻め入るつもりでいたはずだ。なのに、どれだけ兵の数を用意しても意味がないと知ってしまった。さぞかし焦ったことだろう。


 レイフとモーガンが最初の交渉から戻ったとき、俺たちは密かに偵察隊を派遣していた。国境から出て行ったという人間たちの行動を、偵察させたのだ。なにしろ人間ってのは、信用ならないから。おとなしく国境から出て行ったと見せかけておいて、何か企んでいないとも限らない。


 それでゴブリンの偵察チームを派遣したわけだが、その結果がこれである。国境から出て行った人間たちの向かった先は、谷間に集結した兵士の群れだったのだ。ちなみに、この「六千」という数字は当てずっぽうではない。ゴブリンたちがきっちり数えてきた。


 ゴブリンたちは、落ち着いてさえいれば、離れた場所からでも対象の正確な位置と数を短時間のうちに把握することができる。最初の遭遇時にはあわてて逃げ出してきたので、「いっぱい」としか報告できなかっただけなのだ。


 そんなことが可能なのは、ゴブリンには種族特性により探知スキルがあるから。国境警備にゴブリンが多いのは、このスキルも理由のひとつである。災害救助のときなんかには、とても活躍する。今回のような事案でも有用なことは、初めて知った。今まで散々ビビリ呼ばわりして、すまなかった。実は適材適所だったんだなあ。


 人間たちが軍勢を潜ませていたことに呆れはするが、だからといってこちらから攻撃するつもりもない。襲撃してくるなら、容赦しないが。だって、容赦する必要を感じない。


 この人間たちは確かに微量の魔力を持ってはいるが、勇者扱いする必要などなさそうなのだ。どう見ても勇者と呼べるほどの魔力量ではない。殺傷力も、特別高いわけではなさそうだ。だからたとえ生まれ変わるたびに魔国に侵入してくるのだとしても、その都度対処すれば問題ない。


 ただ、逃げ道は残しておいてやろう。


「侵略は自殺行為だって知らなかったみたいだし、伝令で知らせといてやったら?」

「よろしいのですか」

「いいよ。俺たちだって、面倒は少ないほうがいい」


 クレメントは部下の中から二名の伝令を選び出した。もはや指令の内容を隠すこともなく、俺たちの目の前で普通に指示している。


『決してその場から動くな。もしもクレメントが二昼夜以内に戻らなかった場合には、全軍すみやかに撤退、帰国せよ』


 伝令が国境に向かうのを見送ってから、俺はさきほどの質問を蒸し返そうとした。どうして今さら、アニスを奪いに来たのか、という質問を。だがそれを口にする前に、シェムが愛想よく口を挟んだ。


「このまま立ち話も何だしさ、うちで話さない? お昼ご飯くらいはご馳走するよ」

「うち、とは……?」

「僕んち」


 シェムの家とは、つまり王城なわけだ。はっきりとそう言わないあたり、シェムも意地が悪い。クレメントは一瞬だけ逡巡する様子を見せたが、すぐに覚悟を決めたらしい。おずおずとうなずく。


「お言葉に甘えます」

「んじゃ、行こっか」


 転移陣の説明など、もちろん一切しない。使い方を覚えられても困るし。もっとも、こいつらのこの魔力量じゃ、転移陣を起動することもできないだろうが。


 シェムを先頭にして、転移陣に向かう。俺はクレメントの隣につき、アニスを除いた五人が、それぞれ後続の人間たちの横に並んだ。アニスはニコルと一緒に最後尾だ。


 転移陣を通り過ぎた瞬間、風景が変わる。人間たちはみんな、息をのんだ。


「あの、ここは……」

「うちの首都だよ。さっきいた場所からは、山を二つほど越えた場所だね。ちゃんと帰りも送って行くから、心配しないで」


 クレメントの疑問に、シェムはにこにこと答える。敢えてずれた答えを返すところが、シェムらしい。


 人間たちは別に、心配してるわけじゃない。ただ驚きに言葉を失っているだけだ。何しろ突然、周りの風景が森から都会に変わったのだから。


 やつらが転移なんてものを知ってるわけがないし、狐につままれたような心地でいるに違いない。シェムはそれを十分に承知した上で、そらとぼけている。そういうやつだから、魔王なんかやらされちゃってるのだ。


 転移先は王城前の広場だったので、そのまままっすぐ城門を抜けて王城に向かう。正面玄関前の大階段を上がるのに合わせ、音もなく両開きの大扉が外開きに開いた。それを見て、またもやクレメントが息をのむ。そんなに驚くほど、城が珍しいのだろうか。こいつ、国王の義弟って言ってなかったっけ。城なんて見慣れてそうなのにな。


 出迎えた侍従に、シェムは気安い声で指示をした。


「お客さんを六人連れてきた。昼食に招待したんで、『青水晶の間』に用意してくれる? うちのほうは八人だから、全部で十四人分ね。気取った料理じゃなくていいよ。いつもどおりでかまわないって、料理長に伝えておいて」

「かしこまりました」


 シェムは人間たちに振り向いて、声をかけた。


「僕たちは外から帰ったら手洗いする習慣があるんだけど、あなたがたは?」

「特に習慣としてはありませんが」

「せっかくだから一緒にどう? さっぱりするよ。なんだったら、顔まで洗ってもいいし」

「では、お言葉に甘えて」


 戸惑いつつうなずいたクレメントと部下たちを、シェムは手近な手洗いに案内した。


「トイレは奥ね。水洗の使い方は、わかるかな?」

「水洗、とは何でしょうか……?」

「えーっと、見せたほうが早そうだな。ちょっと来てくれる? これがトイレね。座って用を足すの。使い終わったら、ここのレバーを引いてください。水が流れます。ここでは使ったら自分で流すのがマナーなんで、よろしく」


 シェムは人間たちを個室の前に連れて行き、水洗トイレの流し方を実演しながら説明する。人間たちは誰もが目を見張っていた。無理もない。魔力を持たない人間たちにとって、魔道具を目にするのは初めてだろう。


 人間たちはトイレどころか、水栓も知らなかった。水洗トイレを知らないのはわかるが、水栓もないのか。これには俺のほうもびっくりだ。水道がなくて、いったい水をどう調達しているのだろう。思わず質問してみたところ、基本的にすべて井戸だと答えが返ってきた。しかもポンプでさえなくて、つるべと(おけ)。大変そうだな。


 水栓がないならシャワーもないだろうし、風呂とかどうしてんだ。俺が疑問に思うようなことは、誰にとっても疑問だったらしい。人間たちは質問攻めにされて、目を白黒させていた。


 シェムは、俺たちのやり取りを楽しそうに眺めている。


 その表情を見て、俺は気づいてしまった。シェムは別に、ただの親切心から人間たちを手洗いに案内したわけじゃない。見せつけるためだ。なるほど、見せつけることのできる力は、戦力だけではなかったのだ。

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