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アニス、十一歳

 アニスが見習い研修に通い始めて、四年が経った。


 先日の誕生日で、十一歳になったところだ。一時はビリーに抜かれていた身長も、少し前に抜き返した。成長は遅いが、それ以外は魔族の子どもと何も変わらない。聖女だと知らない者の目には、光エルフの子どもにしか見えないはずだ。


 光エルフにしては耳が尖っていないものの、光エルフにだっていろいろいる。全員が全員、同じ耳の形をしているわけじゃない。ダークエルフの俺がひとりで光エルフの子どもを育てている点に関しては、不思議に思われているかもしれない。が、あえて詮索する者もいなかった。


 アニスが聖女だということは、ごく一部の者しか知らない。シェムとニコル、そして発見者のゴブリンたち。ゴブリンたちには口止めをしてあるし、シェムやニコルが触れ回るはずがないので、秘密は保たれている。


 アニスは自分が人間だとは、夢にも思っていないに違いない。もちろん、普通と違うことだけは気づいているだろう。そこはどうしたって、いやでも気づかざるを得ない。なにしろ成長スピードが、普通の中型種の三倍ほどの遅さなのだから。でも、それだけだ。


 アニスを拾う前、人間とは魔力を持たない魔獣のようなものだと俺は思っていた。それも、害獣。だけどアニスと一緒に暮らすうち、考えが変わってきた。


 案外、俺たちと変わらない存在なのかもしれない。魔力の有無と、繁殖力の強さが違うだけで。ただ、魔力の有無はともかく、繁殖力の違いは割と致命的だ。やつらは常に、侵略する先を探し続けている。その点において、魔族とは決定的に相容れることができないのだ。


 国境沿いにくまなく結界をめぐらしたのは、それが原因だったと伝えられている。人間による侵略から身を守るためだ。そこまでしても、勇者と聖女が生まれるたびに差し向けてくるんだもんなあ。


 でも今回、聖女については何も心配いらない。

 アニスはもう魔族の子だ。


 それに、心身ともにだいぶ育ってきた。片時も目を離せない状態からは、脱しつつある。お転婆すぎて「脱した」とは言い切れないのが、つらいところだが。それでもさすがに、外遊びするときにすぐそばに付いていないと危ないほどではなくなった。視界に入る範囲であれば、放牧しておいても大丈夫。


 ビリーが血相を変えて拠点の執務室に飛び込んできたのは、そんなふうに俺の気が緩み始めた頃のことだった。


「将軍、大変です!」

「ん? どうした?」

「アニスが……。アニスが……!」


 ビリーのこの言葉に、俺は顔色を変えた。アニスの名が出るまでは、どうせたいしたことのない事件だろうとたかをくくっていたのだ。だが、これは正真正銘の一大事だ。自分でも驚くほどの勢いで椅子から立ち上がり、ビリーに詰め寄った。


「アニスがどうした!」

「アニスが人間にさらわれました!」

「なんだと……?」


 いったい何を言っているのか。状況がさっぱりわからない。どうして人間なんぞにアニスがさらわれるんだ。自分から結界の外に出たのか? それとも、人間が結界内に入り込んだのだろうか。ということは、勇者……? どういうことだ。勇者が聖女を誘拐するなんて、聞いたこともないぞ。


 ビリーに案内させながら、何が起きたのか説明を聞いた。

 そして人間の狡猾さと卑劣さに、煮えたぎるような怒りを感じた。


 今日アニスたちは、国境警備の巡回を見学する、体験学習の日だった。アニスはそれはもう楽しみにしていた。昨日の夕食の間、ずっとその話ばかりしていたほどだ。休憩時間に隊員たちに差し入れをするのだと言って、弁当の他に小菓子の包みを抱え、うきうきと出かけて行った。


 ただの見学だから、俺は何の心配もしていなかった。正規の巡回隊員が三名いるほか、見習い引率用の隊員もついている。そもそも見習いどもは、年若いとはいえ全員が成人だ。子どもなのはアニスひとり。見守りの目は十分以上に足りている。どう考えたって、何の心配もいらない。


 それでも一応、念のため、結界の外には絶対に出ないよう言い含めてはおいた。でも、うっかり外に出てしまうほど結界に近づくようなことは、そもそもないだろうと思っていたのだ。その結果が、このざまである。


 ビリーによれば、巡回中に子どもの迷子を見つけたそうだ。その子どもは、アニスと同じくらいの大きさの少年だった。顔立ちと黒髪から、ダークエルフの子だと思ったそうだ。ダークエルフにしては角がなかったが、生えてくる年齢には個人差がある。子どもだからだろうと納得してしまった。


 まさか人間だなんて、思ってもみなかったのだろう。相手が大人だったなら、ビリーたちだってもっと用心したに違いない。だが相手が子どもの姿をしていたばかりに「保護してやらねば」と、責任感に火が付いてしまったようだ。


 今にして思えば、この子どもが勇者だったのだ。


 見慣れない服装なのは、遠方からの旅行者だからだと思ったらしい。子ども同士のほうが気楽だろうとの判断から、少年の相手はアニスにまかせた。


 ところがここで突然、国境の方から爆発音のような大きな音がしたと言う。確認のため、隊員と見習いたちは手分けして音源を探す。子どもたちにはその場から動かないよう言い含めてあったにもかかわらず、気づいたら二人の姿が消えていたそうだ。


 いち早く気づいたビリーがあわてて周囲を探し回ると、少年に手を引かれて結界に向かうアニスの姿が遠くにあった。戻るよう呼びかけたが、二人はそのまま結界まで歩いて行ってしまう。引き戻そうと駆け寄るビリーの目の前で、茂みに身を隠していた数人の男たちにアニスが連れ去られたというわけだった。


 自分たちの力ではアニスを取り戻すのは無理と、ビリーは即座に判断した。そして俺のもとに走った。いい判断だ。


「あっちです」


 ビリーが結界の外を指す。


 生まれてこのかた、結界の外に出たことなんて一度もない。だが、ためらいはなかった。だって奪われたのは、アニスなのだ。


 身体強化の魔法を自分にかけ、俺はビリーの指した方角を目指して全速力で駆け出した。

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