魔国防衛チーム
アニスが出かけた後、俺は地図などの資料を持って、軍の本部に向かった。目下の最重要課題は、勇者対策。アニスの世話で不在がちな俺に代わり、本部にはシェムが詰めている。
と言っても、その本部自体は王城の中に置かれている。だからシェムにとっては、普段とそこまで変わるわけではない。
シェムは俺に気づくと、片手を挙げた。
「やあダリオン、久しぶりだね」
「まかせっきりで、すまない」
「それはしょうがないさ。今日は時間あるの?」
「うん。アニスは国境警備の見習い研修に行ってる」
シェムはその様子を想像したのか、「うはっ」と吹き出した。
「ずいぶんとまた、かわいい見習いだな!」
「もちろん一般市民枠だよ。ビリーが一緒について行ってくれてるんだ」
「ああ、なるほどね」
アニスは読み書きは結構できる。ビリーが一歳近くになって読み書きの勉強を始めたとき、アニスも対抗心を燃やしまくって始めたからだ。おかげで読み書きに関してだけ言えば、ビリーとはそれほどの差がなかったりする。
読み書きの習熟度なんて、単純に読書量と作文量に比例するものだ。つまり肉体的な成熟度とは、また別ものなのだ。だからどうしたって、ある程度は年齢に比例する部分がある。つまり成人したての小型種は、教養面から見るとまだまだ十分とは言えないのだ。
だから小型種を多く受け入れている国境警備隊では、見習い研修でその不足面を補っている。一般市民にも開放しているのは、似たような境遇の者たちへの教育のためだ。どうせ教育するなら、まとめてやったほうが効率がいい。
アニスにはちょうど、そろそろ家庭教師を手配しようかと思っていたところだった。でも見習い研修について行けるなら、それで構わないだろう。仲のいいビリーと一緒に通えば、どうせ張り合おうとするだろうし、ライバルがいてむしろ好都合かもしれない。
本部に話を戻すが、ここにはシェムの他に、魔王役、およびその側近役も詰めている。
魔王役には今回、ニコルの長兄ジョーダンが選ばれた。ニコルとよく似た彫りの深い顔は、おそろしく筋肉の盛り上がった立派な体躯と相まって、凄みを感じさせる。二の腕なんて、俺の太ももとあまり変わらない太さがありそう。うらやましい。
俺だってかなり頑張って鍛えたほうなのだが、種族的な特性もあって、どうしてもあんな立派な筋肉は育たない。仕方なく方針転換して魔法を鍛えた結果、軍をまかされるに至ってしまった。そんなことのために鍛えたわけじゃないのに。
魔王の側近役は、全部で四名いる。なんでかわからんが、伝統的に四名と決まっているのだ。名前まで決まっていて、「四天王」と呼ぶ。これも勇者どものこだわりポイントらしい。こだわり強すぎじゃね? ──とは思えども、最短で納得して帰ってもらうために、四人用意するけどさ。すべてのこだわりポイントを押さえておくのが無難なのは、間違いないのだ。
今回の四天王は、ドライアード族のレイフ、ドワーフ族のゲイル、ナーガ族のモーガン、オーク族のニコル。これを知ったとき、俺は目をむいた。なんでニコルが入ってんの。
「紅一点って言ってね、女がひとりだけ混じってる編成もあるのよ」
「へえ……」
マジでこだわりが強すぎだろ。ちなみに四天王が全員女性の編成もあるのだとか。それはハーレムと呼ぶらしい。
本当にさ、何なの、その指定の細かさ。そこまで男女比のバリエーションを許すなら、もうどっちが何人でもよくないか。──と思うのだが、それを許さないのが勇者のこだわり。魔国の平和と安全のためには、テンプレートに沿っておくに越したことはない。
それはそれとして、ちょっと人選には物申したいものがあった。
ニコルが選ばれた理由はわかる。戦闘力と、すべてにおける如才なさだろう。適任だと俺も思う。ゲイルとモーガンもわかる。ゲイルはドワーフ族にしては明らかに長身だし、体格もオーク並みに立派だ。あの身長でも、おそらく体重は俺よりある。戦力としては申し分ない。
レイフとモーガンは、幻影魔法担当に違いない。魔法担当とは言っても、モーガンは俺と体格がほとんど一緒だ。筋肉タイプではないがそれなりに鍛えていて、単なる肉弾戦ではそれほど強くないものの、魔法を併用するのが得意な、魔法戦士系。
もっともナーガ族は総じて体幹が並外れているから、見た目の体格が俺と一緒でも、たぶん俺より強い。その上、細身ながらも眼光鋭く、四天王役を張るに十分なだけの貫禄がある。
だが、レイフはどうなんだろう。ひょろりと痩せ型で、全然強そうじゃない。顔つきにもこれといって威厳があるわけでなく、むしろヘラヘラしていてノリが軽い。これなら、まだ俺のほうが多少は貫禄があるくらいだ。
だったら、俺と替わってもいいんじゃないか。アニスが見習い研修に通うようになれば、俺にも時間的な余裕がだいぶできるし。
そう思って口に出してみたのだが、即座に全員から否定されてしまった。
「いや、ダメだろ」
「ダリオンには無理よ」
「無理っすねー」
頭から否定されて言葉を失った俺に、シェムが気の毒そうに苦笑しながら理由を説明した。
「昔からエルフは役につけないことになってるからさ」
「エルフったって、俺はダークエルフだぞ。光エルフたちとは身体的な特徴も違うし、別種族じゃないか。ダメなのは光エルフのことだろ?」
ただ単に「エルフ」と言ったら、普通は光エルフのことだ。金髪と尖った耳が特徴の光エルフに対し、ダークエルフは黒髪と小さな二本の角を持つ。肌色は大差ないが、目の色が違う。そろって明るい青色の瞳を持つ光エルフに対し、ダークエルフの瞳は緑や金茶などバリエーションが多く、色味も濃い。光エルフに比べて人口が少ない希少種だ。
どちらも筋肉がつきにくく、全体的に細身の者が多いところは共通しているものの、色合いが全然違うから見た目の印象はだいぶ違う、と思う。
なのにシェムは「いや……」と歯切れ悪く言葉をにごした。しかしその配慮もむなしく、シェムが言いよどんだ部分はレイフがためらうことなく口にする。
「いや、一緒っすよ。要はツラの問題っすからね」
「え? ツラ……? だったらなんで俺がダメで、レイフはいいの? 一緒じゃね?」
ツラって、つまり顔のことだろ? 迫力に欠けるのは認める。だがそれを言うなら、レイフだって同じことではないのだろうか。俺の素朴な疑問を、レイフは遠慮なく「それ、本気で言ってるんすか⁉」と盛大に笑い飛ばした。
「俺はいいんすよ。結局のところ、四天王役ってのは勇者にとっての悪役なんでね。俺だと軽薄で腹黒い参謀あたりがハマリ役なんす」
それはつまり、俺では悪役をこなせないと言っているわけか。ニコルにはできるのに? 思わず眉間にしわが寄る。レイフはそれを見て「いや、なんでそこで不満顔なんすか」と腹を抱えて笑った。
「エルフがダメなのはね、どいつもこいつも正統派さわやか王子さまフェイスだからっすよ。まるで悪役に向かない。まったく、女にモテまくりそうなツラしやがって、うらやましいったら」
いや、モテませんけど? それどころか一世一代のプロポーズをした挙げ句、こっぴどくフラれた経験までありますけど? それも一度ならず、二度までも。なに言ってんだこいつ──という俺の白い目にひるむことなく、レイフは「何か言いたそうっすね」とまた笑った。
「ま、モテ要素はツラだけじゃないっすからね。将軍は特に、ツラと中身のギャップがでかそうだもんなー」
「ギャップ?」
俺が首をかしげると、レイフは「そうっす」とうなずいて解説を始めた。
「将軍はそのおきれいなツラとは裏腹に、がさつだし、ニブいし、口だって悪いじゃないすか。いや、特別悪いとは言ってないっすよ。よくも悪くも普通っすよね。ただ、見た目のせいで期待値が跳ね上がってて、スカイハイなんす。だから自然とギャップがでかくなっちまうんすよねー」
めちゃくちゃけなされてるんだが、腹が立つより愕然とした。え、俺って周りからそんなふうに思われてたの? 見かけ倒しのがっかりなやつ、みたいな? というか、勝手に期待して勝手にがっかりされるって、理不尽すぎない?
だがレイフの話には、考えさせられるものがあった。もしかして俺がフラれたのは、努力の方向を間違えたからなんだろうか。もっと鍛えて、あの美しさにつり合うくらいの強さを身につけねばと、ずっと思っていた。でも、もしかして、それは間違っていたのだろうか。
黙り込んでしまった俺の肩を、困ったような顔をしてシェムが叩いた。
「ギャップうんぬんは置いといてさ、これも勇者のこだわりポイントなんで、諦めて」
「あ、そういうこと……」
こだわりポイントじゃ仕方ない。俺はため息をひとつついて、未練を捨てた。
一途すぎて周りに目もくれないせいで、秋波を送られることがあっても気づいていないダリオン氏。




