第7話 暴力白魔道士
打ち木を目の前に、ショウトは構える。
二割程度の力で、左拳のジャブを放つ。衝撃、鈍痛。さらに右拳のストレート・左拳のフック・右肘のエルボー、繰り返される手技。蓄積する痛み。
さらにショウトは、蹴り技を打ち木に放つ。
右下段蹴り・左下段蹴り・右中段蹴り・左中段蹴り・右前蹴り・左膝蹴り・右廻し後ろ蹴り。
同じように蓄積される痛み、手技も追加する。
左ジャブ・左ジャブ・右ストレート・右ロー・左ミドル・右フック、力の入れ具合を三割、四割と増やしながら、撃つ。
打ち木にぶつかる、衝撃音。
ショウトは六割程の力で、攻撃を止めた。思った通りである。両の拳は赤く腫れ、内出血を起こしている。両肘部も打撲傷、両脚の脛・膝も赤く腫れていた。
そして、打ち木に変化はない。
へこみも、削れも、抉れもない。単純に人間の肉体より、強度が高いのだろう。部位鍛練もしていなければ、当然の結果、ショウトの予想通りである。
八割・十割、全力の力でも打ち木を壊す事は出来ないだろう。拳は砕け、脚は折れる。ゴブリンの持つ棍棒・刃物でも、似たような現象が起こる。刃物に限っては、切断する恐れもあるだろう。
痛みによる学習。ショウトの本能に刻み込まれる。
「〈回復〉を使いなさい」
いつの間に近くまできたのか、ノワークが声を掛けてきた。
そう言われれば、スキルを習った。
「〈回復〉」
ショウトは自分の身体に向け片手をかざし〈回復〉を唱えると、ジワジワと赤み・腫れ・打撲傷が癒えていく。理解できないが、知っている。
ただ、外傷は治ったが、鈍痛は残っており、ゆっくりと消えつつあるが、神経・脳に違和感を覚えていた。
「〈回復〉が治せるのは外傷だけじゃ、不調や状態異常は治せん。〈回復〉を会得したら〈治療〉を覚える事じゃの。二日酔いも治せるわい」
ホホッと笑い、ノワークは話しを纏めた。つまるところ、頭部を打ち気絶しても、ケガを治す事は出来るが、意識は戻せないという事だろう。
「……それよりも〈棍装備〉を覚えんか? 速さはともかく、あの程度の攻撃ではゴブリンは倒せんゾ」
ノワークは心配そうに言うと、腰のメイスを手に取り、打ち木に向かって一撃を放つ。大振りではあったが、激しい音が鳴り響く。
メイスの当たった箇所が、へこんでいる。これが、金属製の武器の怖い所だろう。非力な者ですら、戦えるようになる。
自信満々でショウトの方に向き直ったノワークであったが、ショウトの関心は別にあった。
魔法の籠手。
箱から取り出し、両腕に装着させたショウトは驚愕していた。
身体能力の向上。
ショウトの年齢は40代半ば。瞬発力・持久力・判断力、どれもこれもが20代の頃よりも衰えていた。魔力+1の効力、全盛期どころではない、一流アスリート並みの肉体を手に入れたかのようだった。
ショウトの戦法は、この籠手との出会いによって確約された。もし出合わなければ、別の選択肢もあった。
そして、さらなる付加価値。
拳から前腕、肘に掛けてまでの保護、身体強化。
「とりあえず、ブン殴るか……」
ショウトは手始めとなる左拳によるジャブを、打ち木に放つのだった。
先程のノワークによるメイスの衝撃音の比ではない破壊音が、連続で白魔道士の部屋を支配する。暴力・破壊の怖さ、打ち木はへこみ・削れ・抉れ・歪み、本体自身が軋む。
素手で試した技を、籠手によって昇華させる。
六割・七割・八割と力を上げ、衝撃を体感していく。拳による打撃は頭部・腹部、フットワークで打ち木の背後に廻り、死角から頭部・背中、目まぐるしく立ち回り、拳打を撃ち込む。
十割、フルパワーの右ストレートを打ち木に放つ。激しい衝撃が、ショウトの背中を突き抜ける。
身体にダメージは、ない。
魔法の籠手のおかげであろう。しかしながら、そのエネルギーは打ち木に注がれたようだ。
縦に一本、ヒビが入っている。
「なんなんじゃぁ、お主ぃ」
震える声でノワークは、感想を述べる。目は点、口は半開き、あまりの暴力に唖然となっていた。
「ちょっと足りないなぁ……」
ショウトはボソリと洩らした。予想以上ではない。確かに見た目は派手であった、メイスの一撃を凌駕する攻撃。
しかし、スタミナが続かない。
息切れとまではいかないが、ショウトは汗を拭い、呼吸を整える。どうやら魔法の籠手は、スタミナまで強化するワケではなさそうだ。
そもそも、敵一体に何発の連擊が必要なのか、何発目が致命傷となるのか、明確ではなかった。