第3話 イベント発生
「今日は、斥候の先生に来て頂いた」
講師は選手交代とばかりに、隣に立っていた人物を紹介する。
「ラメラテアだ。職業は斥候、興味のある奴は私の部屋に来てくれ」
ラメラテアと名乗った人物は、女性であった。年齢は20代半ばから後半、伸長は170cm弱、無造作に肩上の長さで切られた髪の色は茶色。整った目鼻立ちは美形の部類に入るだろうが、目付きの鋭さが肉食獣を思わせる。獣、といった通り、引き締まった肉体を密着する服装で惜し気もなく晒している。
立ち居振舞いからも、頭からつま先まで鍛え上げているのだろう。容姿端麗という言葉が、よく似合う。
「……女に教えて貰うのかよ?」
不意に、ショウトの隣に立っていた男が言葉を発した。名前はタイガ、ショウトがステータスを盗み見した人物である。
常識と非常識と知識と経験が混雑し、ショウトは頭痛を起こす。一瞬ではあるが、正解と間違いが入れ替わる錯覚が起こる。
「へぇ」
ラメラテアは不敵に笑うと、ゆっくりとタイガに向け歩を進める。
「っ!?」
ラメラテアの歩調を見て、ショウトは戦慄した。体幹のブレない歩法は、それだけで危険人物だと感じさせる。
果たして、現召喚人50名の中で、その危険度を感じた者は数少ない。そして、その危険に晒されてるタイガ本人も、気付いてはいなかった。
タイガの伸長は175cm以上、ラメラテアは170cm以下、間合い、リーチの条件を見てもタイガが有利である。しかし、すでに2人の距離はそのアドバンテージを活かせないほど、接近していた。
やっている人間か、やっていない人間か、明らかにタイガは後者の人間であろう。そしてショウトの見解通り、タイガはラメラテアに制圧された。
「イテテテテェッ!? ギブ!! ギブアップ!!」
タイガの苦痛の悲鳴が、室内に響き渡る。
ほんの1,2秒、交錯するように接触すると、ラメラテアによって左腕の関節を極められ、床に伏せられたタイガがいた。
脇固め。
少々変形型ではあるが、肩関節を極める技だった。ラメラテアは無防備に立つタイガの左脇に身体を滑り込ませ、側面より左前腕を自分の両手で掴み、そのままうつ伏せ状態に床に引き倒す。肩関節が極まっている為、逃げる事もできない。
「このように、体力・体格に意味はない。刃物を持てば弱者でも勝てる。重要なのは魔力とスキルの是非だけだ」
ラメラテアはタイガの左腕を抱え肩関節を極めたまま、自分の右手をタイガの頚椎に押し当て、淡々と説明した。
その行為は、タイガの死を連想させる。
「そこのアンタ、納得してないみたいだな?」
ショウトにとって予想外だった事が起きた。たまたまタイガの横に立っていたダケなのだが、ラメラテアに目を付けられた。恐らく、他の召喚人が唖然としてる中、見定めるように観察していた事が仇となったようだ。
「パフォーマンスなら、1人で充分だろ?」
「はぁ?」
ショウトの言葉に対し、ラメラテアは不機嫌そうに聞き返す。
そうであろう。
パフォーマンス。ショウトはそう言った。現状、合理的にいって選択される職業は、戦士か黒魔道士だろう。ゴブリンを攻撃する効率を考えれば、補助的な職業より確実である。
その為のパフォーマンス、魅せる事が重要だ。
「私のスキルに対応できたら、10万cくれてやるよ」
ラメラテアはタイガを解放しながら、ショウトに話し掛ける。
「なんだったら、一晩相手をしてやってもイイのよ?」
ラメラテアの挑発、嫌なやり口だ。召喚人の注目度も上がる。なにより、ラメラテア側の関係者から失笑すら洩れている。それほど自信があるのだろう。
頭痛がする程の、違和感の正体がわかった。
ショウトの持つ無意識による概念が覆る。男女に差は、ない。駒の強さの根源は、魔力とスキルだけなのだ。
ショウトとラメラテア、間合いは充分。手を差し伸べれば、握手のできる距離。ただ、友好的な関係ではない。
不意の接触、交差。
「お前、能力持ちかっ!?」
ラメラテアの怒声が響き渡った。