第27話 終わりと始まり
7日目。
ゴブリン実戦試験予備日。
闘技場。
既にショウトは闘技場に立たされていた。
不測の事態。
試験の予備日とは、あくまで予備日であり、日程などは組まれていない。行き当たりばったりの再試験となった。
ただ一つ、前日の試験との違いがあるとすれば、ゴブリンの数が2匹となる事だけであった。観覧席にはノワークとラメラテアの姿があり、複雑な心境の表情を浮かべている。
「それでは18番、構わないなっ?」
観覧席にいる試験官が、大声で最終確認を取る。闘技場に絡みつくような暗雲、言い切れぬ不安、召喚人にとって1対2という圧倒的に不利な状況。
前日まで人間側が有利であったものが、次の日にはゴブリン有利に変わるという、これ迄の召喚人の実戦試験では、前代未聞の事態となってしまった。
複数の敵を相手にするのは、非常に困難である。先手必勝、先に1匹を倒せば、コレはただの理屈である。
1匹に狙いを定め集中した時、視界の端にもう1匹が映る。後方から、死角から、気付いた時には間合いが狭まり、包囲網。
前日の、召喚人がやるべきだった策。
乱戦の極意は相手の後ろから襲う事であり、ゴブリンにはそれが出来た。
「……ショウトの奴、なんでこんな無謀な事を……」
観覧席の柵に身を乗り出し、ブツブツとラメラテアは文句を言う。
「お主、やけにショウトを気にするのぅ? 惚れとるのか?」
観覧席に座るノワークが、ニヤニヤとラメラテアに声を掛けた。
「はぁ? なんで私が、あんなオッサン召喚人に惚れないといけないのよ?」
ラメラテアは、心底イヤそうに言葉を返す。
「……変わり者過ぎるのよ、アイツは。正道の発想をしたかと思えば、邪道も織り混ぜる。勘が良いクセに、最短ルートを避けて、奇妙なルートを見つけてくる。やる事なす事が、イカれてる」
「フム、異論はないのぉ」
ラメラテアの感想に、ノワークは同意した。
「少しでもショウトがヤバいと思ったら、割って入るよ?」
闘技場の中央に陣取るショウトを見つめ、ラメラテアは覚悟を決める。
試験という名目の、人間とゴブリンの殺し合いなのだ。
前日までの多人数、3対1なら1人が負傷しても試験の続行か中止か、立会人が割って入る猶予もある。
ただ今回は見極めの判断が数秒でも遅れれば、ショウトはゴブリンに撲殺されるであろう。
そして、ラメラテアが行動を起こしたとしても、現場に辿り着くまで5秒以上はかかる。
ほんの一撃の判断が、生死に関わるのだ。
「……ショウトは白魔法を使えるからの、大丈夫じゃろう」
「はぁっ~~!? 白魔法って……」
ショウトの怖さを知るノワークが呑気に口を開くと、ラメラテアは語気を荒める。と、闘技場の扉が開き、ゴブリンが2匹現れたのだった。
1匹は木刀を持ち、もう1匹は棍棒。同じ様な体躯、見覚えがある。
それもそのハズ、棍棒を持つゴブリンは、前日ショウトに痛めつけられたゴブリンであった。
鼻は折れ曲がり、口唇は捲り上がり、顔面が腫れ上がっており、ますます醜悪な面貌となっている。
前日の人間、その瞳には憎悪はあったものの、憤怒と殺意の感情は痛みという恐怖に塗り潰されているようだった。
もう1匹の、木刀を持つゴブリンは歓喜していた。
数の差、武器無し、どれをとっても有利であり、人間を楽に殺せる。さらに圧倒的勝利を得る為、ゴブリンはショウトの背後を陣取るように石壁に沿って動き始め、ジワジワと包囲網を完成させる。
後は距離を詰め、木刀で殴っておしまい。
そうやって勝利を確信しほくそ笑むゴブリンに、身体大の光球が迫っていた。
「やっぱり、やりおった!?」
ノワークは慌てて両手で両耳を塞ぎ、その後の展開に備えた。
ショウトのスキルが発動。
ゴブリンに命中。
闘技場を揺らす爆発と衝撃、その威力はゴブリンを木刀ごと粉々に、肉片・ミンチと血煙りが直径10m程の球を描き、その被害はラメラテアや試験官にまで及び、ゴブリンであった血飛沫で汚す。
《双気光弾》
ショウトの魔法は後方に陣取ったゴブリンを跡形も無く消し飛ばし、闘技場の石床すら円形に抉り取っていた。
実行犯のショウトとノワーク以外の存在が、呆気にとられる。
それはゴブリンも同様であった。
数の利、包囲網完成。恐怖で塗り潰されていた憤怒と殺意が、ムクムクと顔を出す。
そして、魔法の圧倒的破壊力ー
ゴブリンは唯一保っていた憎悪も、恐怖に喰われてしまった。
ショウトは木刀ゴブリンを片付けると同時に、残りの棍棒ゴブリンへと駆け出した。打撃の間合い外で、ショウトは左手をかざす。しかし、魔法を唱えるつもりはない。
ブラフ、はったりだ。
恐怖に支配されたゴブリンは、防御体勢をとる。
ゴブリンにとって、悪手であった。
迎撃する気のない相手など、打ち木と代わらない。ショウトは走る勢いのまま、右拳のロングフックを放つ。
狙いはゴブリンの右前腕。
棍棒を手放させる為、防御体勢ならば、尚更やりやすい。ショウトの右拳が、ゴブリンの右前腕に命中。
前腕は衝撃に耐えきれず、あらぬ方向へと骨折。石床に落ちる棍棒。
戦力の低下。
ショウトの左ジャブが2発、ゴブリンの右側頭部を捉える。1発目は距離の確認、2発目は返しの布石。
渾身の右ストレートが、ゴブリンの右側頭部のこめかみにめり込む。
頭蓋骨陥没。右の耳からドロリと血が流れ、衝撃で右の眼球が飛び出す。しかし視神経に繋がれた眼球は石床には落ちずにぶら下がり、代わりに額の角が石床へと落ちた。
ゴブリンの絶命である。
あっという間の、惨劇であった。
ショウトは棍棒ゴブリンの角、少しだけ辺りを探して木刀ゴブリンの角を回収し、闘技場を後にする。
何事もなかったように、試験は終わったとー
「バトルジャンキー……」
ラメラテアは唖然とした表情で呟いた。
ショウトは誘導員に引率され、城外へと案内される。
試験終了、卒業であった。
道衣の胸の番号も消え、ショウトは晴れ晴れとした顔で、城下街へと繰り出すのだった。
ショウトの人物像は、偏屈で薄情な変わり者である。
他人を損得、メリット・デメリットでしか見ていない。
損やデメリットだから付き合わないのではなく、損やデメリットを起こす人間として、信用している。
悪人が悪事を犯す事を、信用している。
それは、そのスキルを持つ駒だとしか思っていないからだ。
10召生に対しても、この七日間たまたま同じ軒下で雨宿りをした程度の関係性しか感じていない。
協調性の欠如。のワリにノワークには感謝しており、ラメラテアとの話も勉強になったと恩を感じている。
役に立ったか、役に立たなかったか、10召生への判定は後者であった。
ショウトは駒としてゴブリンと戦う。
単独行動者としてー




