芳子の夢
「顕シ、顕シ」
芳子は名前を呼ばれ目を覚ます。日本の名前ではなく大陸にいた頃の本当の名前だ。
「やっと起きたわね。お寝坊なんだから。」
芳子の傍らには美しい女性がいた。
「お母様」
漢服に身を包みベッドの傍らで微笑むのは芳子の母であり清王朝の王妃であった。
「さあ、早く起きて。着替えなくては。」
母は女官を呼ぶために呼び鈴をならす。
暫くしてノックの音がした。女官達が失礼致しますと言って入ってきた。
「顕シの着替えをお願いね。」
「お母様、僕、いえ私は子供じゃありません。着替えぐらい1人でできます。」
「うふふ、顕シは何を言っているの、貴女は子供じゃない。」
母は笑っている。
「さあ、顕シ様、お召し変えをいたしましょう。」
女官の1人に起こされ姿見の前に連れていかれる。
「僕が子供?!」
「何をおっしゃってるのですか?顕シ様は可愛い王女様ですよ。」
鏡に写るのは子供時代の自分自身であった。まだ日本に行く前、王宮で暮らしていた頃の自分自身だった。顕シは女官に子供用の旗服に着替えさせてもらう。
「お姉様。」
次に部屋にやって来たのは兄弟達だ。同じ母を持つ弟と腹違いの兄と姉である。
「顕シ、お庭に行きましょう。」
姉に手を取られ部屋を出る。
芳子の父は清国の国王であり母である正妻の他側室がいた。兄弟は全員合わせて30人近くいた。兄弟達は母は違えど皆仲は良かった。
「さあ顕シ、来い。」
兄の憲立が剣を渡す。彼は第2夫人の長男で芳子と一番仲が良かった。
「はい、兄様。」
芳子は剣を構え兄の憲立と対峙する。芳子はあっという間に憲立の手から剣を弾き飛ばしてしまう。
「また顕シの勝ちだわ。」
「姉様は男よりお強いです。」
弟達は姉の強さに圧倒される。芳子は剣の腕は誰にも負けなかった。男の子だって顕シに敵うものはいなかった。
「当然よ。お父様から直々に剣の使い方を習ったのだから。お父様は言ってたわ。強くなければ民は守れないと。」
「でも顕シ、あまりにお転婆だとどこの国の王子様とも結婚できないわよ。」
姉がからかう。
「王子様などいらないわ。私が国を治める王になればいいのよ。父様みたいな。」
兄弟は皆して笑っている。その時
「芳子様」
再び誰かが自分を呼ぶ声がした。今度は日本の名前だ。
「芳子様」
芳子は目を開ける。目の前には女中がいた。
ずっと夢を見ていたのだ
「芳子様、お電話です。田中中佐からです。」
「ありがとう。今行く。」
芳子は起き上がると部屋を後にした。
電話を終え再び部屋に戻ると自分の手を見る。アンフェリータが手当てしてくれたハンカチが巻かれていた。