プロローグ
ラララララ ルルル ラララララ ルルル
1932年2月 天津。
芳子は上官である邸宅を訪れる。真っ先に目に入ってきたのは楽しそうに歌を歌いながらステップを踏み玄関の掃除をする少女だった。胸元に赤いリボンのついた黒いワンピースに白いエプロン。屋敷のメイドであろう。彼女は白い肌に黒い髪、そして青い目をしている。西洋人であろう。
「Excuse me? Mademoiselle.」
芳子は英語で少女に話しかける。少女は頬を赤くして芳子を見つめている。
「ごっごきげんよう。」
日本語で挨拶すると少女はスカートを摘まんでお辞儀をする。
「日本語の分かる方で安心したよ。」
「ご主人様から教わりましたの。それにそちらの軍服は日本軍のものだとすぐに分かりましたわ。」
「そうか、なら話は早い。田中さん、いや田中隆吉中佐はいるか?」
田中隆吉中佐とは芳子の上官である。
「はい、応接間でお待ちですわ。ご案内致しますわ。」
芳子が案内されたのは来客用の部屋だ。部屋には上官である田中がすでに待っていた。
「川島、わざわざご足労だったな。まあ座れ。」
芳子はソファーに腰かける。
「川島、お前に任務を頼みたい。」