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私の望んだ幸せ(5)

 国王陛下と王太子殿下を見送って、私はほっと胸をなでおろす。


「ありがとう、レイジ。助かったわ」

「なに、これくらいは婚約者として当然のことだ」


 レイジの言葉が、私を勇気づけてくれる。


「俺はもう、ステラを手放すつもりはないからな」


 レイジがそっと手を添えてくる。私はそれを握り返した。

「私は……守られてもいいのね」

「当然だ。ステラはじゅうぶんに王国の民や帝国を守ってきた。そんなステラを守るのが俺の使命だ」


 迷いなく言い切るレイジを前にすると、胸の奥がぐっと熱い。


「でも、ずっと机仕事をさせられるなんて耐えられないわ。たまには剣を振らせてほしいのだけど」

「もちろん。戦場に出すつもりはないが、適度な運動として剣を扱う分には否定しない」


「たまには仕事にも剣にも触れずに休む日が欲しいのだけど」

「そうだな、そういう日も必要だろう。そんなに頻繁にはさせてやれないが、週に一日は用意できるようにしよう」


 私の要望に対して打てば響くようなレイジの回答は、私にとってちょうどいいもので。

 もしかしたら……レイジとの結婚生活というのは、私の理想に近いのかもしれない。


 ---


 私は今、大勢のイクリプス国民の前に立っている。ほとんどはディゼルド領民だと思うけど、それでも多くの人が私の前に来てくれたことがうれしい。


「皆、今日は私とポーラニア帝国皇太子の婚約報告パーティーに来てくれて感謝する! 帝国との防衛戦では、力及ばず敗れてしまった。ディゼルド騎士団の総指揮官として、皆を守れなかったことを不甲斐なく思う」


 私は声を張り上げ、指揮官としての姿で皆に呼びかける。


「皆も知ってのとおり、戦後の講和会議によって私の身柄は帝国に引き渡された。しかしそれは処刑のためではなく、私の持つ力を帝国が取り入れるためであった。私は帝国のディゼルド領を離れて今度は帝国の発展のために力を尽くした。それが結果的には王国を守り、発展させることにつながると信じて。そしてその成果として、私は皇太子の婚約者として認められ、こうして皆に報告できるまでに至った」


 共に戦った騎士たちが、領地の食糧事情を支えた農家たちが、目を輝かせるようにして私を見ている。

 彼らの目を曇らせずに済んでよかった。


「これは私ひとりでは成し遂げられなかった。安定した糧食の供給、作戦を忠実に、時には臨機応変に対応してくれた騎士たちがいたからこそ、私は帝国に認められ、その要求に応えることができた。私は最後まで諦めずに戦ってくれた皆を誇りに思う」


 私は彼らに騎士の礼をささげ、「そして」と区切ると、今度は帝国で仕込まれたカーテシーを見せる。


「私、ステラリア・ディゼルドは、ポーラニア帝国皇太子レイジ・ド・ポーラニアと婚約し、今後は帝国の発展のためにこの身を捧げます。皆様とお会いする機会は少なくなってしまいますが、私が人生をかけて守りたいと思ったこの地が侵されることのないよう目を光らせておきます。皆様が今後も笑顔で過ごせるよう願っております」


 公爵令嬢としての立ち振る舞いを示す。これからは貴族令嬢として、そして皇太子の婚約者として生きていくのだと示すために。

 私が再び礼をすると、歓声や拍手が耳に飛び込んでくる。割れんばかりの……というにはやや力のないものだったけど。

 当然ながら、私が帝国の人間と婚約することに不満を持っている人は多いということだ。それは当然のことで、私がいくら言葉を尽くしたところで変わることはないだろう。


 変えられるとしたら……。


「私がポーラニア帝国皇太子、レイジである。今日は我が婚約者・ステラリアとの婚約披露の場を設けることができて嬉しく思う」


 私と入れ替わるように皆の前に踏み出したレイジが声を発すると、私のとき以上に会場がしんと静まった。


「帝国とイクリプス王国は長年戦争状態であり、先の戦争では双方に多数の死者を出した。帝国は戦勝国でこそあるが、王国に対する不満の声が消えたわけではない。それはステラリア嬢についても同じだった。帝国にわたってきた当初は、帝国民のすべてが敵だと思っていたことだろう。それは私に対しても」


 レイジの声は低くてもよく通り、会場の誰もが一言たりとも聞き逃さんと耳を澄ましている。


「しかし、そんな環境においてもステラリア嬢は気高く、そして優れた頭脳を持っていた。彼女は並々ならぬ努力で帝国の貴族、帝国民に自身の存在価値を証明してみせた。それはまさに、戦場で見たステラリア嬢の美しさであり、私は彼女が婚約者になってくれたことに感謝するほかなかった」


 処刑を盾に婚約を強制しておいてよくいうよ……と表情に出そうになったのをなんとかこらえる。


「戦争を終え、講和条約を締結した今、帝国にイクリプス王国への敵対意思はない。むしろ、共に国土を発展させていくためのよきパートナーになれると信じている。ステラリア嬢との婚約はその象徴たる例であり、彼女が同意してくれるのならそのまま婚姻につながるだろう。王国民の皆においては、すぐに私のことを受け入れるのは難しいと思う。しかし、いずれ分かり合える日が来ると信じている。今日はそのための大きな一歩である」


 レイジが手を挙げると、同行していた管楽隊がパーティーの開幕を告げるハーモニーを奏でる。


「賞国でありながら、長らく帝国の進行を食い止めていたイクリプス王国、ディゼルド騎士団に心からの敬意を表する。王国最強の騎士団に対抗するべく、帝国からは帝国最強の帝都騎士団を連れてきた。これから開催される武闘大会をぜひ楽しんでもらいたい」


 レイジがディゼルド騎士団に膝をついて敬意を示すと、会場が騒然とした。皇太子が王国に敬意を表して膝をつくなど予想していなかったことだろう。

 レイジは立ち上がると、一礼して下がる。会場は拍手に包まれたが、誰もがどう受け止めていいか図りかねているようだった。

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