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帰郷(2)

 イクリプス王国に向かう準備は急ピッチで進められた。

 パーティー用のドレスはあらかたレイジが用意しており、手直しのために何度か仕立屋が皇太子宮を訪れた。ドレスを何着か試着して、私の着心地・動きやすさを重視して手直しをしてくれた。


 レイジが発案した動きやすさを重視したドレスデザインは、今後イクリプス王国に輸出されてイクリプス王国の素材でも作られるようになる。私はその見本を示すモデルでもあるらしい。令嬢たちがたまにこぼす「ドレスが窮屈だ」という不満も、少しずつ改善されることだろう。


 他には、帝国から王国への贈答品のアドバイスをして、ダンスの練習をして……もちろん、遠征している間に溜まった令嬢たちの手紙に返信を書いて。

 遠征での遅れを取り戻すかのように、出発日までみっちり詰まったスケジュールが私を迎えてくれた。


 それでも、朝の鍛練については「怪我をしないように、軽めの素振りだけなら」と許してくれたことはありがたい。

 ……それをレイジに頼み込んだ結果、「これからは毎食一緒に食べること」という条件を飲まされることになったんだけど。



「食事作法も板についてきたじゃないか」


 出発を間近に控えたある日の夕食。レイジはふとそんなことを言ってきた。


「バスティエ領でもクラリスにずっと指導されていたからね。だいぶ自信もついてきたわ」

「それはなによりだ。今のお前を見たら、バスティエ領民はどんな反応をするだろうな」

「それはもう驚くでしょうねえ。堂々と言うことではないけれど、ずっと戦場で領民と同じ食事をとっていたから、作法の類は見せたことがないわ」


 戦争が始まってからというもの、こうしてテーブルでゆっくり食事をとったこと自体覚えがない。


「ディゼルド公爵は、その……娘を戦場に送り続けていることをよしとしていたのか?」

「父上からは、いつ戻ってきてもいいと言われていたわ。だけど、それは帝国への投降を意味すると父上も理解していた。だから、私は自分が戦わずに負ける道と自分が戦って勝ちを追う道を天秤にかけて、後者を選択した。それだけのことよ」

「そうか……」


 重苦しい沈黙がふたりを包む。

 それを崩したのは、私からだった。


「そういえば、レイジが用意してくれたドレス。どれも動きやすいしデザインも気に入ったわ。本当になんでもできるのね」

「それならよかった。あれは完全に俺の趣味だが、気に入ってくれてなによりだ」

「えっ、趣味!?」


 予想外の理由に私は思わず飛び上がる。


「なんの蓄積もなしにあんなドレスをデザインできるわけがないだろう。自分の礼服も自分でデザインしたし、皇太子宮の侍女服もお前のドレスもすべて俺のデザインだ」

「へえー……それはなんというか、意外というか……いや、失言だったわ」


 私自身が令嬢でありながら戦場で剣を振るう人間なのだ。この目つきの鋭い黒髪短髪皇太子様が帝国の仕立屋も感嘆するデザイン好きだったとして、驚きこそすれ馬鹿にする要素なんて存在しない。


「これが趣味だと伝えたのはこれがはじめてなんだ。ステラに理解してもらえて嬉しいよ」


 レイジは憑きものが落ちたかのように心底安堵した様子で笑いかけてくる。

 あまり表に出していない趣味だったんだろう。私自身が変わった経歴持ちなのである程度寛容に捉えられると思っていても、カミングアウトする恐怖はあったはずだ。それでも教えてくれたことが、心からの信頼を得ているようでたまらない安心感をくれる。


「というか、たまにステラって呼ぶようになったわよね。なんで?」

「なんとなく、このままステラリアと呼ぶだけでは特別感がないと思って愛称で呼びたくなったんだ。ダメだったか?」


 上目遣いにそう問うてくるレイジは、今まで見たどんな姿よりも年相応に思えて。


「別に、どう呼んでくれても構わないわよ」

「それは、俺だからか?」

「……ええ、そうよ」

「そうか、よかった」


 ぶっきらぼうな返答にも微かに頬を赤らめ、うつむいて「ステラ」とつぶやくその姿は、私にとって眩しすぎた。

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