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帰還(4)

「なるほどな、隣国の脅威が薄れたことによる怠慢か」

「ええ、なんでルナリアが挑発行為を控えるようになったかはわからなかったけど」


 執務室に入ると、ようやく私はソファーの上に解放された。今は、出された紅茶をいただきながら遠征の成果を報告している。


「ルナリア王国には秘密が多い。ただ、かの王は領土の拡張をもくろんでいるはずだ。イクリプス王国にも何度か攻撃を仕掛けていたんだよな?」

「ええ。私自身はルナリア王国と直接戦ったことはないけれど、国境を守っている侯爵家とはたびたび軍事情報をやりとりしていたから、なんの正当性もなくても攻撃をしてくることは知っているわ」

「そうか……バスティエ伯爵にはなんと伝えた?」

「『ルナリア王国の再侵攻は、近々に必ずある。そのつもりで騎士たちを鍛え直すように』と」

「それならいい。国境の守りをこれ以上手厚くする必要はないってことだな」

「……どういうこと?」


 私の問いに、「それはまた後で」と濁した回答を寄越したレイジは、セルジュに何か指示を出していた。


「そういえば、私が休養している間に令嬢たちからの手紙がたくさん届いていたんでしょう? どれくらい溜まっているの?」

「今セルジュに持ってこさせている。結構な量ではあるが……ステラリアなら一週間もあれば捌けるだろう。俺も詫び状や検閲のためにざっと読ませてもらったが、皆お前を心配しているようだった。もちろん……俺も心配した。何度かバスティエ領まで行こうと考えたが、そのたびにセルジュから止められてしまったがな」

「それはそうでしょう。無事に完治して帰ってきたから大丈夫よ」

「だったら元気な姿を見せてもらいたかったんだがな」

「私だってそうしたかったわよ。ちょっと寝不足気味で、疲れていたみたいね」

「そうか……すまないが、もう少し情報共有に時間をもらいたい。それが終わったら、自室でゆっくり休んでくれ」

「ええ、そうさせてもらうわ」


 そうこう言っている間に、セルジュが手紙の束を抱えて戻ってくる。差出人ごとに束ねられたそれらから、セルジュの丁寧な仕事ぶりが見て取れた。


「ありがとう、セルジュ」

「大変な作業でした。こんな作業はもうさせないでいただきたい」


 憮然とした口調で渡されたが、これは「もう体調を崩さないようご自愛ください」という意味だと解釈しておこう。


「これはアリアンヌ嬢、これはサブリナ嬢、他にも皆さんたくさん送ってくださったんですね」

「それだけお前に報告できる事項や相談したい事項があるということだろう。最初こそ激しく衝突していたが、結果的に良好な関係を築けているというのはいいことだ。俺にはできなかったからな」

「そうなの?」


 私にとってレイジは私の完全上位互換ともいうべき人物で、頭脳でも剣術でも勝てるとは思えなかった。そんなレイジでもできないことがあったと……?


「俺がいくら理屈を説いても、令嬢たちは聞く耳を持たなかったからな……相手も必死で、どんなに拒絶しても最終的にはわかってくれるといった謎の無敵感を覚えた。この点は、同じ女性の立場で向き合ったことが大きかったと思う。彼女らの標的を俺からステラリアに移すというのがこの婚約の狙いだったんだが……その意味では、単に彼女らとぶつかるだけでなく、正面から向き合って領地改善への道を示したステラリアの功績はすでに俺の想定を超えている」


 令嬢たちからの手紙には、一緒に考えた領地の改善案を領主である父とともに推進して成果が見え始めているといった内容や、もっとよくできそうだがどうすればいいかといった内容がつづられている。一部にはなぜこんなことをしなければならないのかという不満も見えてはいるけど、こちらの返信である程度心の持ちようを変えることはできるはず。

 なにより、本心で私の身を案じてくれているのが文章から感じ取ることができ、彼女たちの厳しい視線と逃げずに向き合ってきた成果が形として現れていることに胸が熱くなる。


「みんな、すごく頑張ってくれているわね……まだ気を抜けないけれど、これならあと一息で、目標達成も見えてくるんじゃないかしら」

「ああ、そうだな。初年度でこうなんだから、来年度以降の発展はもっと目覚ましいものになっていくだろう。本当によくやってくれて……ありがとう」


 私の手を取り、ふっとレイジが微笑む。


(っっっっっっ!?)


 ぞくぞくぞくっと、胸の中を熱いものが駆け抜けていった。

 熱はあっという間に全身を巡り、頬が熱くなるのを感じる。

 私には、それが嘘や虚飾のない本心からのものだと直感的に理解できた。


「い、いえ、それも私に課された条件だもの。処刑を避けて生き残るためには、これくらいなんてことないわ」


 我ながら、条件の話を持ち出すのは情けないと思いつつ、視線を逸らしながらそう応える。


「そうか……だけど俺は、ただお前が生き残るだけではもう満足できそうにない」

「えっ……?」

「これを見てくれ」


 レイジが差し出した一枚の紙。そこに書かれていたものは。


「ポーラニア帝国、イクリプス王国、合同婚約記念パーティー?」


 見出しで衝撃を受け、私は慌てて本文に目を通す。

 ポーラニア帝国とイクリプス王国の国交を開始するために整備していた街道が、ようやく開通するという。その開通に合わせて、ポーラニア帝国とイクリプス王国の友好の証である私とレイジの婚約記念パーティーを開催するというのだ。しかも、その会場は……。


「イクリプス王国、ディゼルド領で……?」

「そうだ。俺たちが、新たに開通した街道を通ってイクリプス王国、ディゼルド領に赴く。そして、ディゼルド領で戦姫令嬢ステラリアの凱旋と俺たちの婚約記念パーティーをおこない、両国の結びつきを国内外にアピールするんだ」

「ディゼルド領に、帰れる……?」

「もちろん、あくまでパーティーのための訪問だから、それが終わったらステラリアは俺と一緒にポーラニア帝国まで戻ってもらう。だけど、処刑を覚悟で別れた家族や領民に元気な姿を見せてやりたいと思ったんだ」


 私のことをここまで考えてくれていた。それが、たまらなく嬉しい。


「でも、そこまでアピールしたらここから婚約解消なんて難しくなるのでは……?」

「まあ、いよいよになったら帝国の力でなんとかするさ。ただ、まあ……」


 がしがしと頭を掻いて、レイジはまっすぐに私を見据える。


「俺は、このままステラリアと結婚したいと思っている。帝国の他の令嬢でも、さらに他国の者でもなく、あなたと――」


 私を見上げるように、レイジはそう告げる。その目にはもう、最初に見た意地の悪さは微塵もない。

 どう答えればいいのか、私にはすぐに思いつかなかった。

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