ステラリアの休養(1)
騎士団の本格的な鍛錬がはじまってから、私は多忙を極めていた。
朝の鍛錬で騎士団を指導し、日中はバスティエ伯爵やその子息に軍略……とくに対ルナリア王国向けの戦略を指導して。夜は帝都から転送されてきた令嬢たちからの手紙に目を通して返事を書く。
皇太子宮にいたときよりも忙しく、体も頭も酷使し続けた……結果。
「げほっ、ごほっ」
私は盛大に体調を崩して寝込んでしまった。
「無理せずお休みください、お嬢様」
クラリスが、起き上がろうとした私をベッドに押し戻す。私は抵抗する気力もなく、されるがままに押し倒されてしまった。
「面目ない。ごほっ……こんなに苦しいのは、今までの人生ではじめてかもしれないわ」
「そんなにですか。しばらくここまで全力で体を動かしていませんでしたし、ずっと頭も使われていましたから……騎士団は我々バスティエ家に任せて、お嬢様はお休みください」
ちなみに、これまでクラリスは実家で侍女服を着るのはやめるように私が指示していたのだけど、今日は私が止められないとわかったからか侍女服を身にまとっている。
バスティエ伯爵が不満に思うのではないかと思ったが、当人からは「クラリスの好きなようにするのがいい」と言われてしまった。
「バスティエ領に風土病の類は報告されておりません。しばらくゆっくり静養なさったら、すぐに元に戻るでしょう」
そうは言われるが、なにしろこれまでどんなに大雨の戦場でも病になどかかったことがないので、この症状がどれくらい重いのか軽いのか見当もつかない。
私は咳やくしゃみに襲われながらも、なんとか食事だけはとって休養を続けた。
私が病に倒れてから三日後。
「お嬢様、レイジ殿下からお手紙が届きましたよ」
「レイジ、から……?」
症状はかなり治まったものの、喉が痛くて声がガラガラになっている。私は荒れた声でクラリスに問いかけ、彼女が差し出した一通の手紙を受け取る。
「検閲はしておりませんのでご安心ください」
「いいわよ」
皇室の家紋で封蝋がなされたその手紙は、偽造のしようがない。私はクラリスが目の前で封蝋を開いたそれを手に取り、内容に目を通す。
「はあ……」
ひととおり読み終えると、私はベッドに身を投げだした。賓客用のベッドを扱うには無作法だと恥じながら、
「お嬢様。レイジ殿下はなんと……?」
「ん」
読んでいいわよ、という気持ちを込めて手紙を差し出す。クラリスはおそるおそる手紙を受け取ると、それを読みはじめた。
「ふむふむ……ひとまず、皇太子宮からの手紙の転送は止めるとのことですね。令嬢への詫びの手紙も殿下自らされるとか」
そう。私の状況を知ったレイジは、皇太子宮に令嬢から届く手紙をバスティエ領まで送るのをやめた。それは、私に課した条件を満たすための活動を止めさせたということでもある。
「そのぶん、お嬢様に課した課題の達成期限を一か月延長すると。バスティエ領でしっかり体調を整え、万全の状態で帰路に臨んでほしい、とありますね」
クラリスは読み上げなかったが、クラリス宛にもメッセージがあった。私が完全に回復するまで無理をしないよう監視するように、と。余計なお世話だわ。
「幸いにして、お嬢様はこれまで私たちの言うことをよく聞いて休養に尽力してくださいました。しかし、これからはそうとも限りません。ちょっと調子がいいから外に出るとか、ましてや剣を振るとか、そういったことのないようバスティエ領が総力を挙げてお嬢様をお守りいたしますので。ご安心ください!」
右手で自らの胸をどんと叩き、にっこりと微笑むクラリス。
私にはわかる。この目は笑っていない。
私は身震いした。きっと体調が悪化したのだ。