外へ(4)
馬車は静かに皇太子宮を離れ、一路バスティエ領へと走り始める。
皇宮周辺は道が整備されているのもあるが、相当によい馬車を使っているのだろう、揺れをほとんど感じない。
「熱烈なお見送りでしたね、お嬢様」
私とレイジのやりとりをほほえましく見守っていたクラリスが口を開く。
「想像以上だったわ……ねえ、クラリス。私思うんだけど、レイジってちょっと過保護じゃない?」
今までも思うところではあった。
私の失敗を見越してやたらと用意がよかったり、身の安全を気にして対策を求めてきたり(そもそも外出自体をなかなか認めてくれなかったけど)。
さらには……。
「いくらなんでも、皇太子の剣を預かることになるとは思わなかったわ」
私は膝の上に置いた剣を軽くなでる。
戦場でも見た、光沢のある漆黒の鞘。緻密な装飾が施された柄。どれをとっても最高級品であることは疑いようもない。
「それは私もびっくりしました。その、重くないですか……?」
おそるおそるといった風に問われ、私は首をかしげる。
「これ? 別に大した重さじゃないわよ。クラリスも持ってみる?」
片手で剣を掴んで差し出すと、クラリスはぶんぶんと腕を振って顔を背けた。
「いやいやいや、私には恐れ多いです! そうではなく、その、レイジ殿下のそういう過保護なところが……」
「そう? 程度はともかく、皇太子として有用な人物を失いたくないと思うのは当然だと思うわ。私自身、処刑されるならともかくこんなところで死にたくはないしね」
これまでの言動で、レイジが私を完璧でなくとも有用な人物として信頼してくれているとは思っている。でなければ外出を拒むとか剣を渡そうといったことはしないだろう。
「はあ、そうですか……」
私の答えに、クラリスは額に手を当てて大きくため息をつく。
なにかおかしなことを言ってしまっただろうか?
「……これはこれでお似合いなんですかね……」
「うん? なにか言った?」
ぼそりとつぶやいたクラリスの声は、私の耳には届かなかった。
「いえ、なんでもありません。ところで、お嬢様とこうしてゆっくりできる時間ははじめてじゃないでしょうか?」
「そうね。いつもは朝から晩まで用事が詰まっているから……バスティエ領に着いたらどうなるかわからないけどね」
私がバスティエ領に外出している間も、貴族令嬢からの手紙はとめどなく皇太子宮に届く。それらの手紙のうち、検閲を済ませて問題ないと判断されたものは定期的にバスティエ伯爵家へ届けられる手はずになっている。
馬車の移動よりも手紙を届ける馬の方が早いはずだから、きっとバスティエ伯爵家に着いてすぐにたくさんの手紙もお迎えしてくれることだろう。
つまり、手紙から解放されているこの移動時間はつかの間の休息期間でもあるのだ。
「それでは、せっかくなのでこれまでお聞きできなかったようなことを聞いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、私に話せることであれば」
クラリスに聞かれるがままに、私はさまざまなことを話した。
まだ剣を握る前の生活、剣を握り始めてからの生活、帝国との戦争が激化してからの生活……すべてが遠い過去のようにも思えたけれど、思い出そうと思えばまだまだ最近のことのように思い出せる。
郷愁をかみしめながら、私とクラリスは穏やかな時間を過ごしていた。