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外へ(2)

 運動用の服に袖を通して、私は訓練用の剣を握りしめた。

 こうして剣を握ると、心が高揚し、身が引き締まる。どれだけ机仕事に打ち込んでも、やはり私の居場所はここなんだと思わせられるようで。


「お嬢様、準備はよろしいですか?」


 同じく服装を変え、普段隠し持っている短剣よりはるかに長い剣を手に取ったクラリスが、私の前に立つ。


「ええ、いいわよ。かかってきなさい」

「では……お願いします!」


 言うが早いか、クラリスはすぐさま突き出すように剣を打ち込んでくる。

 隙を突いたのではない。ただ先手を取るための一撃。

 私はそれを剣で受け止めると同時に飛びすさり、先手の有利を帳消しにする。


「たったの一手で……!」

「それでも、場所の有利は稼がれたわ。まだこれからよ」

「はいっ!」


 私はクラリスがより強くなれるように指導しながら立ち回る。クラリスがバスティエ領へ戻ったときに、私以外の誰よりも強くあれるように。



 私が軽い運動以上に剣を振るようになったのは、私のバスティエ領行きが決まったからだ。

 数多くの貴族当主からの依頼のうち、唯一認められたのが、侍女であるクラリスの父でもあるバスティエ伯爵からの依頼だった。

 依頼内容は至ってシンプル。「国境の防衛力強化のために、ステラリア嬢の知見を伝授してほしい」というもの。

 国境の防衛が安心できるようになれば、帝国にとって大きな安心要素になるはずだ。とくに、イクリプス王国との戦争が終結した今、ルナリア王国との国境を固めることができるのは大きい。そう言ってなんとかレイジを説得した。

 ……まあ、どうやって安全を確保してバスティエ領を往復するかの計画書と護衛の試算を要求されたのにはびっくりしたけど。それさえすれば認めてくれるというなら、ということで張り切って計画書を作成・提出した。

 その甲斐あって、私のバスティエ領行きは正式に認められた。今は出発の日を待ちながら準備をしているところだ。クラリスの、そして私自身の鍛錬も含めて。



「よし、それじゃあ今日はここまでにしましょう」

「は、はいっ。ありがとうございました!」


 お互いに軽く息を切らせたくらいで鍛錬を打ち切る。実戦を考慮した本格的なものならまだしも、基礎を身に着けるような鍛錬で過剰な負荷をかけるわけにはいかない。なにより、私たちにはこれからまた机仕事が待っているのだ。


「お嬢様、どうされましたか?」


 軽く苦笑を浮かべたところをクラリスに見つかり、そう問われる。


「いえ、昔は体力も筋力も空になるまで鍛錬に打ち込んでいたのに、ずいぶんと変わってしまったなって」

「そう、ですよね……お嬢様は今と昔、どちらの方がいいと思いますか?」


 私は少しだけ悩んで。


「今、かしらね。敵は多いけど、少なくとも命の危機はないもの。こうして安全な場所でできる範囲の鍛錬をするだけでも充実感を得られるなんて、昔は思ってもいなかったわ。生きるために必死なのは変わらないけれど、今の方が張り合いあるというか」

「張り合い、ですか」

「やればやっただけ結果が返ってくるもの。昔はそれこそ、圧倒的人数不利の中でどうすれば国境を守り抜けるか、答えの見えない戦いを続けていたもの。今は、私が頑張れば頑張るだけ領地収入の増加が見込めるようになって、成果が出ていることを実感できる。それは、今までにない面白さだと思うわ」


 高い目標ではある。だけど、必死で頑張ればそれだけ成果が出て、やれないこともないと思わせてくれる。

 私はいつの間にか、今の生活を楽しめるまでになっていた。


「そうでしたか。私としても、お嬢様がこのまま私の理想とするお嬢様であり続けてほしいと願っています。そのために、できる限りお支えしますね」

「ええ。本当にいつもありがとう、クラリス」


 敵だらけの帝国で、無条件に信頼してくれるクラリスの存在がどれほど支えになっているか。

 私はもう何度伝えたかわからないその言葉を、何度も繰り返すのだった。

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