レイジへの借り(3)
レイジ殿下は言葉どおり、すぐ食堂に姿を現した。
殿下もまたパーティー用のタキシードに身を包み、急いできたとは思えないほどに整えられている。
婚約披露パーティー依頼の盛装に、私は若干の緊張を覚えながら用意された食事を楽しむことにした。
「今日の帝国議会はお疲れ様。無事に決闘法の廃案を実現してくれたこと、感謝している」
「いや。結局殿下には助けてもらってしまったわね」
「俺が口を出さずに済めばよかったんだがな。どうしても、帝国に長くいた者にしかわからないことはある。ステラリアには、それ以外のことを詰めてもらいたかった。最後の質問以外をすべてクリアできたのは、ステラリアの入念な準備があってこそのものだ」
やはり……というか、レイジ殿下は最初に帝国で顔を合わせたときのような嫌味な微笑を浮かべることがさっぱりなくなった。
私のことを少しずつ認めてくれているのかもしれない。
「決闘法は確かに昔ながらの伝統で残されていた法律であったが、貴族たちはその決闘に勝利するという名誉を利用して相場よりも低い報酬で優秀な騎士を引き抜いていた。決闘によって優秀な騎士を失う危険性を考えても、廃案できるものならしたいと思っていたところだ。貴族たちが廃案を考えるきっかけを与えてくれたステラリアには感謝している」
殿下にとっても決闘法は望ましいものでなかったという。私がしたことは間違っていないと言われ、少し安堵する。
「決闘法は廃案になるが、代替として武芸競争が開催されることになる。今後は武芸競争での上位獲得を目指して護衛の取り合いが発生するだろう。ルールを整備して行き過ぎた競争にならないよう配慮する必要があるが、それさえできれば上位も下位もなく貴族が正当な報酬で護衛を集めておもしろい興行ができるはずだ」
殿下はすでにかなり長期的にこのことを見据えている。
ただただ目の前の決闘法とだけ向き合っていた私とは、考える視点がまったく違う。
ここまでに至るには、あとどれだけの時間が必要なんだろうか。
二年という期間でたどり着けるものなのだろうか……。
「それに……」
「うん?」
言って、殿下は少し言いよどむ。
なにか言いにくいことかと待っていると、やがて殿下はゆっくりと口を開いた。
「これまでのステラリアの帝国への貢献にも感謝している。処刑を回避するためとはいえ、なんの恩義もない帝国のために、ほとんど休みなくここまで尽力してくれているというのは、俺の期待以上を超えるものだ。やはり父上に無理を言って、お前を帝国に迎え入れてよかったと思っている」
なにを急に言い始めたのかと口にするのをこらえ、私は水を一口飲み込んで。
「……そう思っていただけるのはありがたいけど。どうして急にそんなことを?」
そう問うと、殿下はさらに長い沈黙をよこした後。
「は、恥ずかしいだろう。今更礼など」
そう口にしてすぐ、頬に手を当てて視線をそらしてしまった。
どくん、と心臓が跳ねる。
不覚にも、殿下のことをかわいいと思ってしまった。
外見だけを見れば、レイジ殿下は私と同じくらいの年齢に見える。
しかし、殿下は二十一歳。二十六歳の私からすれば、殿下はそこそこ年下にあたる。
皇太子としてではない、「レイジ」の素顔が、少しだけ見えた気がした。