敵は誰か(3)
「私からもよろしいですかな」
すっと手が挙がる。
その人物が誰かを目で追い、私はうっとうめきたくなるのをなんとか抑え込んだ。
「レヴァンタル公爵、発言をどうぞ」
婚約披露パーティーで私に詰め寄った貴族令嬢、アリアンヌ嬢の父親であるレヴァンタル公爵が立ちはだかる。
老いた風貌から覗く鋭いまなざしが、油断ならない相手だと私に告げていた。
「決闘法を廃案すれば、ご令嬢が不満を持つ相手に手袋を投げ、力で従わせるような真似はたしかにできなくなるでしょう。しかし、決闘法の行使に備えて雇われた我々貴族家門の筆頭護衛の立場はどうなるのでしょうな?」
「立場、とおっしゃいますと……?」
「たしかに決闘法が使われることはめったにないかもしれないが、帝国貴族は騎士団で活躍する優秀な人材をスカウトして筆頭護衛として雇っている。彼らはいつ使われるかわからない決闘法が行使されたとき、代理として必ず勝って家門の名誉を守らなければならない。そのため、他の護衛と比べて高額の条件で筆頭護衛となり、その時のために研鑽を重ねている。決闘法がなくなり、その時が永遠に訪れなくなるのであれば、彼らはただの護衛戦力としては過剰と言わざるをえなくなり、条件の見直しや放出が起きることになるでしょう。彼らの扱いについてはどのようにお考えかな?」
想像していなかった視点からの指摘に、私は言葉を詰まらせてしまう。
護衛の実力の優劣によって報酬が変動するというのはよくある話だ。そこに、筆頭護衛の名誉による報酬の上乗せが生じていたということか。
決闘法に関連した護衛の報酬事情までは把握できていなかった。この指摘は痛恨の極みといっていい。
条件変更に伴い雇用主が一方的に報酬減額を言い渡すことは、帝国・王国に関係なく許容されないはずだ。
かといって、決闘法の出番がなくなった護衛をいままでどおりの待遇で雇い続けることに貴族側の不満が出るのは間違っていないだろう。
(レヴァンタル公爵の質問に対する答えを持っていない……ここは一度引き下がるしかないのかしら)
悔しさを隠すように一瞬だけうつむき、顔を上げた、その瞬間。
「それについては俺から回答しよう」
挙手と同時に発声したのは、レイジ殿下だった。