変えるべきもの(4)
それから数日後。私の下に一通の手紙が届いた。
実際に私が受け取ったのはレイジ殿下からだったのだけど。
「俺の前にクラリスも検閲している。不穏な暗号通信をしていたら困るからな」
「やたら用心深いわねえ」
レイジ殿下の執務室で、私は殿下から手紙を手渡される。
案の定、差出人はサブリナだった。
「セルジュの妹と仲良くなったようだな」
「ええ。セルジュが私を悪く伝えていなかったおかげで、好意的に話をすることができたわ」
「良く伝えたつもりもないんですがねえ」
セルジュはそっぽを向いてそう応える。
最近はそれもまた彼らしさなのだということがわかってきたので、私は苦笑を浮かべるだけだった。
手紙の内容にひととおり目を通すと、そこにはおおよそ私の想像に近い内容が書かれていた。
「帝国議会に法改正の発議をおこない、議員の三分の二以上の賛成票を得ること……」
「決闘法を使うように仕向けたのは俺だが、決闘法の廃止に目を付けるとはな」
要点を読み上げた私に殿下が乗っかってくる。
その余裕たっぷりの目はとても予想外だったようには見えない。
「私だって廃止までするつもりはなかったわ。思ったより脅しがききすぎてしまったから、私が正当な方法で変革を進めていると認めさせるにはもう決闘法を廃止するしかないと思ったの」
それを聞いて、レイジ殿下はあごに手を当てて思案にふける。
「……そうかもしれん。が、ことはそう簡単には済まないだろうな」
今度は真剣な表情を浮かべ、私は不安を覚える。
「私だって『私の剣術が危険だから廃止した方が皆さんにとって有利でしょう?』というだけで廃止に追い込めるとは思っていないわ。廃止による貴族へのメリットも訴えていくつもりよ」
「そうか。まあ、お前の好きにやってくれて構わない。改正の発議は俺の名前で出しておこう」
本当に、レイジ殿下は私がやりたいことを自由にさせてくれる。
やりたいことがあったのにできなかったから帝国発展の要求を満たせなかった、という言い訳をなくすためだろうか。
それとも、本気で私を信頼してくれているのだろうか。
その表情からうかがい知ることはできなかった。
「ところで」
レイジ殿下は話を区切るように強い声を上げた。
「ステラリア、お前はイクリプス王国にいた頃は誰とも婚約していないと聞いていたが……間違っていないな?」
思ってもいない問いが飛んで来て、私は面食らってしまう。
「今更それを聞くのね。ええ、婚約はしていなかったわ」
私は嫌味を込めながら説明する。
「社交界に出なくても、婚約の依頼はひっきりなしに届くと父上が言っていたわ。だけど、戦争中でいつ命を落とすかもわからない娘を形式上でも嫁がせることは難しいと言ってそれをすべて断っていたの。結局捕えられたわけだから、その判断は正しかったのかもしれないわね」
「本来なら死罪にするところ、生きて皇太子妃の待遇を受けているだけでもありがたく思え。それで、その中に王族はいたのか?」
「王族? そうね、第一王子のオースティン殿下からは熱心に婚約の要求があったと聞いているけど……それも断っているわ。たぶん、戦争が王国側の勝利で終戦して私が戦争から解放されていたら、オースティン殿下と婚約することになったんじゃないかしら」
「そうか……お前はそのほうがよかったのか?」
その問いの意図を図りかね、私は眉をひそめる。
「そりゃあ、戦争に負けるより勝った方がいいに決まっているでしょう。オースティン殿下とは十年前に一度顔を合わせたきりだけれど、面識のなさはどこの貴族も一緒だもの。誰であろうと大差ないなら、もっとも立場の高い王族と婚約することになるのは自然なことでしょう」
「それは……今でもそう思っているのか? 俺との契約が満了したら、王国に戻って王子と結婚することになってもいいと?」
「……どうかしら」
言われて考える。今の生活が終わって、いざディゼルド領に戻った私が、そこからどうなるのか、と。