お茶会という名の(3)
「お嬢様、お茶をどうぞ」
「ありがとう、クラリス」
お茶会の直後とはいえ、ほどほどに会話してのどが渇いてきた。その絶妙なタイミングでクラリスがお茶を持ってきてくれる。
ここ皇太子執務室は勝手知ったるといった様子で、執務室の茶葉はもはやクラリスが管理しているらしい。
「お嬢様は家門の情報を頭に入れるのもいいですが、会話の弾ませ方をもう少し気にした方がいいと思いますよ」
「うっ、そ、そうね」
「会話でなにかあったのか?」
痛いところを突かれ、私は小さくうめく。
レイジ殿下は執務の手を止めてこちらに問うてきた。
「ええ。普通はお茶会の席に着いたら簡単な挨拶から入って、お互いの近況を軽く話してから本題という流れが一般的なのですが、お嬢様はいきなり本題から入ってしまいましたので。とくにお嬢様とリシャール公爵令嬢はほぼ初対面なのですから、当たり障りのない会話から徐々に本題に切り込んでいった方がお相手も気楽に話しやすくなると思いますよ」
「そ、そういうことね。勉強になったわ」
「不慣れなのは仕方あるまい。明日もこの時間は反省にも使うといい」
レイジ殿下はそう言うと立ち上がり、そばに置かれていた化粧箱を手に取った。
「これが明日の茶会用のドレスだ。クラリス、部屋に持って行っておけ」
「承知いたしました」
クラリスは化粧箱を受け取り、そのまま私の後ろに控える。
「待って。明日用ってなに」
「明日用は明日用だ。いくらレヴァンタル公爵令嬢が今日のドレス姿を見ていなくても、今日と同じものを着ていたら別の機会にそれが伝わるかもしれない。俺の婚約者である以上は、そういった会には毎回新しいドレスを用意するからそれを着るように」
「毎回、新しく……?」
想像を絶する発言に私は驚愕を禁じえない。
「では、今日のためにといただいたこちらのドレスは……?」
「好きにするといい。だが、社交界でそれをもう一度着る機会はないと思え」
「え、ええ……?」
これは私の感覚がおかしいのだろうか?
「クラリス、帝国貴族ってこれが普通なの?」
「そうですね、とくに違和感はありませんけど……」
「セルジュは?」
「もったいないと感じる気持ちは理解いたしますが、私としても現時点の婚約者であるステラリア様には社交界に顔を出すたびにドレスを新調いただきたく」
普段から私に不満を持ち、あまり口を開こうとしないセルジュですら認めるとは。
「それが当然だと思え。明日も明後日用のドレスを用意する」
「そ、そう。なんだかあれもこれもしてもらって申し訳ないわね」
「気にするな。お前にはもっと大きなものを返してもらうことになっているからな」
なるほど、と私は理解する。
つまり、これはレイジ殿下から私に対する投資なのだ。
ドレスやお茶会のセッティングといった出資によって、私が全力で目の前の貴族令嬢に集中することができる。
それによって各貴族家門が成果を出すことができれば、ドレス代やスイーツ代など大したことないほどの税金が皇室に入ってくるということだろう。
「ご期待に応えられるよう全力を尽くしましょう」
「よろしく頼む。俺も手が空いたら顔を出すつもりでいるんだが、今日は無理だった。いずれは顔を出すこともあるだろう」
「わかったわ」
目の前の机にある書類の山を見れば、それが容易でないことはすぐにわかる。
これも殿下なりの気遣いなんだろう。
「では、私はこれで失礼いたします。また明日、お茶会が終わったら来るわ」
「ああ、また明日」
レイジ殿下に見送られて、私は執務室を後にした。
湯浴みをして着替えたら明日の予習をしなくては。