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お茶会という名の(2)

「リシャール公爵領の主要な収入源は宝石やドレスなどの貴族向け高級品ですよね?」


「ええ、そうですわ。お父様から、宝石の産出量は安定していて、ドレスも流行を追ってデザインも最新を貫いていると聞いていますわ」


 私がお茶会に招待した意図を理解し、リシャール公爵は事前に知識を与えていた。さすがに公爵家をまとめているだけのことはある。


「そうなんですね。それでも領地収入が減り続けているということは、他にも原因があるということです」


「他の原因、ですの……?」


「たとえば、企業の利益率が低く、税金が領地に還元されていない可能性があります。産業を宝飾業と服飾業に依存するあまり、そこに人が集まりすぎて人件費が多くかかっているとか」


「ですが、多くの領民が飢えないようにするためには主要産業に人が集まるのは仕方のないことでは?」


「現状ではそうですね。ですが、このままでは今よりよくなることはないということでもあります。その場合は、宝飾業と服飾業に依存しない新しい事業を立ち上げて、過剰な人員をそちらに割り当てるのが理想的でしょう」


「新しい事業……ですか?」


「ええ」


「それは、いったいなにをすれば……?」


 ラドニス嬢が身を乗り出してくる。想像どおりの反応ではあるけれど、私はこれに答えるべきではない。


「それは、今すぐに私から答えられるものではありません。ここまでの話はすべて仮定ですから、まずはそれが合っているかを確認するといいでしょう」


「え、ええ……そうしますわ」


 私の貼り付けた笑顔で冷静になったのか、ラドニス嬢は座り直してお茶に口を付けた。


「話を急ぎすぎましたね。あいにく、私にはご令嬢を楽しませる話題の種を持っていないのですが、ラドニス嬢はどのような話に興味がありますか?」


「……では、あなたの住んでいたイクリプス王国について教えてくださる?」


 ラドニス嬢から水を向けてもらい、ぎこちないながらもイクリプス王国について語る。


 はじめてのお茶会ではあったけど、一定の信頼関係を築くことができた……そう思う。


   ---


「ラドニス嬢がそこまで反抗的でなかったのは意外ですね」


 お茶会を終えてラドニス嬢を見送った私は、クラリスと結果について振り返っていた。


「うまく彼女の不満を私から領地に動かすことができたかしら」


「おそらくは。あやうくステラリアお嬢様に依存しそうでしたけど」


「あそこまで乗り出されるとは思っていなかったわ。ちょーっと感受性が高いようね。だからこそなんとかなったと思う」


「ええ。この調子で明日も頑張りましょう!」



「明日。明日よね……」


 そう。このお茶会について、上位貴族はなるべく一対一での開催をしたいと考えている。

 一日に一人と考えると、毎日でもお茶会を開かないと次の段階に進むことができない。


 お茶会を開くこと自体が目的ではないのだ。

 お茶会で令嬢に自身が敵ではないことを示した上で領地の改善すべき点を示す。

 それを踏まえてどうするかを令嬢経由で各家門に考えてもらい、行動へ移すに至るには……かなりの時間を要することは想像に難くない。



(我ながらやっていることが商人以外のなにものでもないわね……)


 改めて、こんなことを生業としてやってのけている商人に敬意を抱く。

 日々「ご指導」をいただいているとはいえ、付け焼刃の知識で帝国の貴族令嬢と向き合うのは不安しかない。


「それではお嬢様、今日もお勉強しに行きましょうか」


「ええ……行きましょうか」


 有無は言わせんとばかりのクラリスの笑顔に若干の気迫を感じながら、私は「ご指導」を受けに行く覚悟を決めるのだった。


   ---


「誰だ」


「侍女のクラリスでございます。ステラリアお嬢様をお連れしました」


「入れ」


「失礼いたします」


 クラリスのノックにそっけない返答があり、クラリスが扉を開ける。

 そこに待っていたのは、見慣れたふたりの人物だった。


「リシャール公爵令嬢とのお茶会は無事終わったわ。とりあえず次につながる話はできたと思う」


「そうか、よくやった」


 まただ。


 このところ、レイジ殿下はやたらと私をほめてくれる。悪い気はしないけれど、優しすぎてちょっと不気味にも思う。


「明日はレヴァンタル公爵令嬢だったな。家門の情報は頭に入っているか?」


「ある程度は。帝国の教育周りを一手に担っていて、殿下やセルジュもお世話になったと聞いているけれど」


「まあ、そうだな。貴族に求められる教養をひととおり学び、家門に還元するにはレヴァンタル公爵家に頼るのが間違いない。だが、いつまでも体系が変わらないのはもったいない」


「もったいない、ね」


 レイジ殿下らしい感想だった。その教育を広げていくことができれば、帝国全体の利益になると考えているんだろう。


「才能ある平民への教育展開。とくに平民の識字率を向上させることができれば、新聞や出版業は勝手に活性化していくでしょうね」


 ポーラニア帝国の識字率はイクリプス王国と比べると低い。

 イクリプス王国では平民向けの教育機関が充実していて国民のほぼ全員が教育を受けられるのに対して、ポーラニア帝国はある程度恵まれた境遇の人物……貴族はともかく、文字の扱いが必要な仕事をする平民くらいにしか行き届いていない。


 帝国の発展のためには、貴族に限らず平民も教育を受けて優秀な人材を育てることが必要不可欠だ。

 その点、レヴァンタル公爵家であればそれを推進するのにふさわしい地盤を持っている。

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