王国にて(2)
ディゼルド公爵家が大騒ぎしていたころ。
もう一通の手紙が王都にたどり着いていた。
「これは……」
イクリプス王国の国王、マックスウェル・イクリプスは、談話室で受け取った手紙を読んで驚愕の声を上げる。
「父上、帝国からはなんと……?」
同席していたマックスウェルの息子、オースティンが問う。
「ステラリア公爵令嬢が、ポーラニア帝国のレイジ皇太子と婚約したそうだ」
「なんだと!?」
オースティンが立ち上がり、叫び声を上げた。走って国王の背後に回り、その手紙に目を通す。
「そんな……ステラリア、こんなことになるなんて!」
「……お前はステラリア嬢との婚姻を望んでいたのだったな。戦争を理由に断られていたが、まさかこのような形になるとは」
オースティンがまだ幼少のころ、王都のパーティーに集められた同年代の貴族令息・令嬢たち。その中でも、ステラリアはひときわ輝いて見えた。
意志の強さを秘めた金の瞳も、燃えるような赤髪も、彼女を彩るすべてが輝いて見えた。
結婚するなら彼女しかいないと確信したオースティンは、すぐにでもと国王に申し入れて彼女との婚約を望んだ。
しかし、王国の慣習として婚約の申し入れは十歳になってからとされてきた。国王は内々に打診をしつつ、正式な申し入れをするのはステラリアが十歳になってからだとオースティンを戒めた。
……結局、ステラリアが十歳の誕生日を迎える前に帝国との戦争がはじまり、それどころではなくなってしまったのだが。
「ポーラニア帝国。どこまでも俺の邪魔をする……!」
「諦めろ、オースティン。ステラリア嬢はもはや、我々の手の届く存在ではなくなった。彼女はいないものとして、婚約者を見定めたらどうだ」
「ステラリア以外の女など……!」
激昂したオースティンが机を叩く。
王太子としての立場として、妻を迎えることは必須。しかし、妻に迎えたいと考えていたステラリアは自分のあずかり知らぬところで他の男と婚約してしまった。
しかも、よりによって、王国に侵攻を試みてステラリアを戦場に縛り付け、自分との婚約を後回しにさせた張本人であるポーラニア帝国の皇太子と。
「そうはいっても、もはやどうにもならないだろう」
「婚約の書類を偽造して、それを元に婚約の不成立を突き付ける。ステラリアが無理矢理婚約させられたのであれば、それで婚約を破棄させられる」
「しかし、皇太子との結婚を目当てにステラリア嬢を要求されたのであれば、それができないステラリア嬢は帝国に呼んだ価値なしとして処刑されるのではないか?」
「処刑前に連れ去ればいいのです。その結果再び戦争になったとしても、ステラリアと共に抑えてみせます」
マックスウェル国王はオースティンの言動に言い知れぬ不安を覚える。
ステラリア嬢を帝国に引き渡した後、オースティンは気力を失ったようにふさぎこむ日々が続いていた。そして、ステラリア嬢が生きており、しかしポーラニア帝国皇太子と婚約したと知った今、その眼に生気が戻ったが……果たしてこんな眼だっただろうか。
「我々はポーラニア王国と友好的に通商を結ぼうと動き始めたばかりだ。ここでポーラニア帝国の機嫌を損ねてしまっては、通商条件の見直しや属国化まで考えられる。今ここでリスクを冒すわけにはいかん。書類の偽造なしで、あくまで婚約の見直しを求めるくらいにとどめよ」
「…………わかりました。失礼します」
長い沈黙ののち、オースティンはそう答え、部屋をあとにする。
「オースティン……」
息子であるオースティンが長年婚約できず不満に思っていたことを知っているだけに、厳しく責めることもできない。
「せめてオースティンが落ち着いてくれればいいのだが……」
戦後の落ち着かない情勢の中、新たな苦悩の種が持ち込まれたことにマックスウェル国王は頭を抱えるのだった。