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再起(1)

 投げ渡された文書の表題が目に留まり、私の心臓は再び鼓動を打ち始めた。


「婚約証明書……?」


 読み上げて、ばっと正面を見やる。正面に座るその男は、嫌味なまでに整った顔に不快な微笑を貼り付けて頷いた。


「そのとおりだ、ステラリア・ディゼルド令嬢。お前には俺と婚約してもらう」


  ---


 私は疲れていた。


 生まれ育ったイクリプス王国に、幾度となく侵略を仕掛けてきた大陸一の帝国・ポーラニア帝国。私はイクリプス王国の国境を守る防衛軍の総指揮官としてポーラニア帝国の侵略軍と戦い……何度か退けることには成功したものの、やがて敗北した。そして、戦後の講和会議で帝国が求めてきたのは、多額の賠償金と帝国有利な条件での通商の開通。そして……私の身柄を帝国に引き渡すことだった。


 帝国に甚大な被害を与えた張本人など、帝国からすれば恨みの対象でしかない。帝都の広場で斬首刑に処されるのが普通で、よくて人質として皇帝の側室となり実質永久 蟄居(ちっきょ)といったところだろう。いずれにしても、私の人生はもはや終わったも同然だった。


 そう考え、虚ろな気持ちで帝国に連行された私に対して、『帝国民の前での斬首刑を求めるが、条件を満たせば処刑を免除してやろう』と提案を持ちかけてきたのが、目の前に座っているこの男。


 ポーラニア帝国唯一の皇太子、レイジ・ド・ポーラニアだった。


「それが、私が処刑を免除される条件ってこと?」


 私は腕を組んで皇太子に問いかける。後ろに控える側近が苦々しげな表情を浮かべているが、私としては目の前の人物に敬意を払う気には到底なれない。


 なぜなら、この皇太子……レイジ・ド・ポーラニアこそが、私の率いる防衛軍を破り、イクリプス王国を敗戦に追い込んだ帝国軍の総指揮官だったのだから。


「まさか。これは条件を満たしてもらうための手段のひとつにすぎない」


 私の言動を指摘することなく放たれた回答に、ここが戦場なら迷いなく剣を突き付けたのに……と拳を握りしめる。しかし、それができなかったからこそ私は今ここにいるわけで。


 目の前の男は微笑を崩さないまま、紙をもう一枚差し出してくる。


「なに? ……帝国皇太子の婚約者として、帝国を変革するための活動をおこない、成果を出すこと?」


 主要な帝国貴族の領地収入を現在の減少傾向から上昇傾向に転じさせること。騎士団の強化と編成を確立すること。そして、婚約者として帝国の主要な行事に参加すること。


 確かに、『皇太子の婚約者』という立場に求められるものとして理解できる内容ではある。だけど、問題はそこではない。


「それをなぜ、私に? 皇太子であれば、上位貴族の令嬢と結婚して、私のような他国のものは側室として置くのが一般的では?」


 私の疑問に、むしろ側近の方がうなずいている。ということは、この条件というのは皇太子の独断なのかもしれない。


「ステラリア令嬢の言うとおり、帝国皇太子である以上は帝国貴族とのつながりを強めるために上位貴族の令嬢と結婚するのが普通だろう。だが、今の帝国には俺がつながりを求めるに値する貴族家が存在しない」


「存在しない? そんなまさか……」


 大陸一の帝国と名高いポーラニア帝国は、文字どおり大陸でも最大の国土面積を持ち、他国に侵略させる気すら起こさせない戦力を有している。それほどの国力を持つ帝国の基盤を支えている貴族家に、つながりを求めたいと思えないとは何事か。


「これを見ろ」


 そう言って皇太子から投げ渡された文書に視線を落とす。それは、帝国の領地収入と税金の推移が記載された表のようだった。


 そんな国家の最重要機密を私に投げてよこしていいのかと首を傾げながら手に取り……そして、すぐにその数値の持つ意味を理解する。


「これは……領地収入が年々減少している?」


 おそらく国家運営には影響ないほどのわずかな差だと思う。けれど確実に、少しずつ、その収入額は減少してきている。


「そうだ。ポーラニア帝国は長年にわたり安定した領地収入を得て、外敵もなく穏やかに過ごしてきた。だが……穏やかすぎるがゆえに貴族も平民も現状に満足し、さらなる発展を求めなくなってきた」


 想像してみる。ディゼルド領が帝国に侵略されることなく安全な土地になった場合、今以上の領地発展は不要、現状維持で問題なしという意見は……出る。間違いなく。


 それが国家全体で起きているというのが、ポーラニア帝国の現状ということか。


「それと、私を婚約者にすることとの関係は?」

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