暗愚と聡明~愚かな王太子から婚約破棄を言い渡されました~
「アルティア公爵令嬢 ミディア。
貴様との婚約を此処で破棄する!」
学園の卒業パーティの場で声高らかに宣言したのは
この国の王太子、暗愚で愚鈍と有名な ギルベルトだった。
ミディアはため息を一つつくと、冷静な声で問うた。
「何故の理由があっての婚約破棄でございましょう?」
「理由はない!
だがだが、だがな、我が運命の人、
カーディア男爵令嬢 ミラベルを王妃にするためだ!」
「運命の人・・・」
(まともに話が出来るとは思ってなかったけど・・)
ミディアは、彼と婚約者になってから、様々な苦難を受けてきた。
時折々に渡される、普通ではまともに文章になっていない手紙や
花が咲いていない、花束。
プレゼントとして与えられるドレスもアクセサリーも、
ギルベルトを模した色は一つもなく
誰の婚約者なのかほとほと疑問になっていたものだった。
そして、数か月前から王城への入城は拒否され、彼に逢う事もままならず今に至る。
とはいえ、瑕疵も何もないのに破棄等出来る訳もなく
その返答に慌てたのは王太子の側近達だった。
「王太子様。理由はあります。ありますよ。」
「そうそう、マリベル嬢をいじめていたり、階段から突き落としたり。」
「わたしぃ、ごわいです。」
「おお、そんな事があったのだな。
よしよし、怖くないぞ。」
「ああん、ギルバルトさまぁ。」
「さて、そんな理由もなかったりあったりするようだが」
こほんと、一拍あけて、改めてギルベルトは、
「さあ、この二枚の書類にサインを書いて貰おうか。」
「分かりました。お望み通りに。」
もう、色々と疲れたミディアは、ほぅとため息をつき
粛々とサインするのだった。
§
ミディアがサインを書き終わった頃、
バタンと衛兵と共に入ってきた男性のすがたがあった。
それは、第二王子のアルベルトだった。
「おお、アルベルトじゃないか。」
「ギル兄上・・・。」
「ほら、アルも見ろ。ミディアとの婚約が消えるぞ。にゃははは。」
この国では、貴族同士の契約は魔法によって縛られている。
契約を締結すると文字はほのかに輝き
解消・破棄されると、解除の書類と契約の書類が共に燃えて消えるのだった。
そして、まさに今、婚約の契約は燃えて消えた。
「これで、私がギル様と結婚できるのですね。」
そう言って、ギルベルトに抱き着くマリベルを
呆れた眼で見たアルベルトは、衛兵に指示を出しつつ
「王太子が側近
騎士団長が子息 ルドウィン そしてその親 ガイウス
カテディア侯爵が子息 ルーディス そしてその親 カルディス
カルディア伯爵が子息 ラバン そしてその親 カイン
アーディ男爵が令嬢 マリベル そしてその親 コーリン
以上は国家転覆の疑いにより拘束させて貰う。
後、王太子であるギルベルトも重要参考人として拘束する。
かかれ!」
§
「・・・・以上が王家に対する反逆の証拠であり、
兄であるギルベルトを傀儡として国家を私物にするための策であります。」
玉座の間で、第二王子であるアルベルトが自分の父親である王に説明していた。
王を中心として、
右に第二王子達とミディアが立ち並び、
左に第一王子と罪人が座らされていた。
座らされていた侯爵達も少し前までは色々と喚き散らしていたが
次々と出てくる証拠を前に既に静かになっていた。
「さらに、裏では帝国が糸をひいていたようですが・・」
「関与の内容も金額も、外交的に問題とするには小さすぎるか。」
「はい。兄上が勝手に盛り上がっているふしもありますので。
帝国としては上手くいってもいかなくても、弱体化を望めるための策でしょう。」
「なんと厄介な・・・。」
全てを聞き終えた後、王はふうと息を吐き、ギルベルトを見た。
そして
「愚か愚かだと思っておったが、此処までとはな。
勝手に婚約破棄までしおって。
だが、そのお陰で公爵家まで要らぬ疑いと連座を求めなくて良くなった。
なんとも皮肉よの。
よくやったとでも言っておくべきか。」
そういいながら、侮蔑の目で見据えていたが、当のギルベルトはにやにやしながら
そんな父親を面白そうに見ていた。
王は頭をふると、ミディアの方をみて
「ミディア嬢も長い間苦労を掛けたな。
ギルベルトが仕組んだ、アルベルトとの婚約は一度棚上げとしよう。
なに、嬢の身の安全の保証は余がする。安心せよ。」
「は、ありがとうございます。」
最後にアルベルトに問いかけた
「さて、沙汰は余が下すべきか?」
「恐れながら、今回は僕に任せて頂けませんでしょうか。」
「・・・ふむ。
ならば、まず、ギルベルトの王太子の座を廃嫡する。
そして、アルベルトを王太子とする。
そして、王太子に今回の沙汰を一任するものとする。」
「は。謹んで拝命します。」
「王太子着任の何某は、追って行うが、今はこれで良かろう。」
「ありがとうございます。
では、父に代わり沙汰を言い渡す。
ここにいる主犯8名は、処刑。
一族は2段階降爵のうえ、分家より養子を貰い、当主とすること。
男爵は廃爵。
今回の事件で功績を挙げた、ラシェリア子爵、コシェリア子爵は、
伯爵へ陞爵。
さらに、辺境伯に陞爵。
辺境伯は、侯爵と伯爵の間に位置するものとして一時的な爵位を設立する。」
「ふむ。少し甘い気もするが・・まあ、良いだろう。
ラシェリアとコシェリアに帝国との防波堤になって貰う訳だな。
間に別の家門が入れば降爵したやつらも帝国との関係が薄まるか・・・ふむ。
して、最後にギルベルトはどうする?」
「兄上は、王太子の仕事はほぼ僕に押し付けてましたからね。
王家としての知識など無いものとして処理して良いでしょう。
なので一定の金額を渡して追放で良いかと思われます。」
「こんなのでも、王家の人間。処刑させるのも、処刑人達には酷か。」
「はい。
表向きは、毒杯で死亡したことにし、
その上で、側室と父上の間の子であったギルベルトは、
取り換え子で血の繋がりがなかったとしましょう。」
「その犯行も侯爵がやったと。ふむ。
それ混みであれば降爵で済ますのも理解出来るな。
良かったな。家門は残るそうだぞ。」
そう言われ、侯爵と伯爵は頭を垂れた。
それを見た王は満足そうにうなずくと、
騎士達に連れていくように命令を下した。
§
あの事件から数週間後
ミディアは王太子となったアルベルトに呼び出されていた。
王太子の執務室に着くと、忙しなく働くアルベルトの姿があった。
「ああ、ミディア嬢か。すまないね。色々と間に合ってないもので。」
「いいえ。大丈夫なのですか?このような時に呼び出して。」
「ああ、早い方が良いと思ってね。
とりあえず、座ってくれ。・・・一度作業を止めるから。」
「あ、はい。」
「ふう、さて。君を呼び出したのは他でもない。
婚約のことと、兄上のことだ。」
「婚約の事は、いずれ来るとは思っておりましたが」
「うん。そうだね・・。それも含めてまず兄上の事からだね。
あの後、市井に追放になった兄上は、
どうも追剥に逢って死亡したようだ。
衣類が奪われ、数枚の金貨が残った袋を握りしめた状態で刺された死体が見つかったそうだ。」
それを聞いたミディアは、青白い顔をしたうえで、そうですかと呟いた。
アルベルトは続けて語る。
「追放されてから監視すらされていなかったみたいで
気付いた時にはそうなっていたそうだ。
顔立ちも汚されていた訳でもなかったそうで、確認も楽だった。
兄上は、顔だけは造られたような綺麗な顔立ちだったからね。」
「あ、あの・・・」
「王家は、あの者をどうにかする程暇ではないよ。
現に仕事もしていなかったのだし。
知識も禄になかったのも事実だ。」
「はい・・」
「さて、ミディア嬢。
貴女を害した存在は居なくなった。
そろそろ、貴女を想う事を許してもらえないだろうか?」
そういって、アルベルトは膝を付き、ミディアに手を差し伸べた。
ミディアはそれを見ると目を瞑り
「もう少し、もう少しだけお待ちください。」
と懇願したのだった。
アルベルトは少し寂しそうに微笑むと
「わかった。何時でも待っている。」
§
数日後
ミディア嬢は、馬車を第一王子の残党と呼ばれる山賊に襲われ
川に流された遺体が発見された。
遺体の損傷は激しかったが、着ていたドレスが公爵家の物と判明したためだ。
奇しくも着ていたドレスは、第一王子だったギルベルトの瞳の色と同じだったという。
手紙のやり取り
続きの話
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