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森を散歩してたら落ちていたのは王子様でした

作者: 茜カナコ

 パール・ランド嬢が散歩していると、青年が木の根元に寝転がっていた。

「もしもし、こんなところで寝ていたら、風邪を引きますよ」

 パールが声を掛けると、青年は目を覚ました。

「私としたことが」


 青年が立ち上がった。背は思ったよりも高く、パールは青年を見上げる形になった。

「あまりに風が心地よくて、一休みしていたら眠りに落ちていたようです」

「そうですわね。今日は風が心地よいですわね」


「あなたもお散歩ですか?」

 青年の整った顔が、くしゃっと笑顔になった。

 パールは自分の胸が高鳴るのを感じた。


「ええ、町の様子を視察した後の散歩です」

 青年の声は、澄んでいて耳に心地よかった。

「私の名前はパール・ランドと申します」


「申し遅れました。私はアンディ・メイラーです」

「あら、王子様と同じお名前?」

 パールが微笑むと、青年も微笑んだ。


「そうですね」

「奇遇ですこと」

「この国は戦争もなく平和ですから、王も民に慕われておりますわね」

「そうですか」

 青年は遠い目をした。


「アンディ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、パール様」

「治安が良いとはいえ、そのような豪華な身なりで居眠りをしていると人さらいにあいますわよ」

「あはは、そうですね、気をつけます」


 青年はおかしそうに笑った。


 天気の良い日だった。

「パール、今日はどこかへ行くの?」

「ええ、お母様。森までお散歩に。お昼は森で頂きます」

「そうですか? 気をつけて下さいね」


 パールは、アンディと会った森に出かけていった。

「今日はアンディ様、いらっしゃるかしら」

 パールは木陰で小説を読みながら、アンディが現れるのを待っていた。

 しばらくして、うたた寝していると声をかけられた。


「パール様、こんなところで寝ていては危ないですよ」

「あら、アンディ様。いらっしゃったんですね」

 パールはにっこりと笑って、持ってきたバスケットを開いた。


「お腹が空いていませんか? よろしかったら一緒に頂きませんこと?」

「これは美味しそうなサンドイッチですね」

 アンディはパールの横に座った。

「それでは、お召し上がり下さい」


 パールは開いたバスケットを二人の間において、サンドイッチを一つ取り出した。

「質素ですが、味は保証致しますわ」

「チーズとハムのサンドイッチと、キューカンパーサンドですか。どちらも好物です」

 アンディはキューカンパーサンドに手を伸ばした。

「いただきます」

「お召し上がり下さい」


「美味しいです」

「それは良かったです」

 アンディはパールに尋ねた。

「何故、二人分のサンドイッチをお持ちになられたのですか?」

「アンディ様はお腹を空かせているのではないかと思いまして」


 パールは言った。

「王子様の名前を名乗るなんて、なにか事情がおありなのでしょう? アンディ様」

「……あはは」

 アンディは声を出して笑った。

「どうしてそう思ったのですか?」


「私、物語を作るのが趣味ですの。あまり裕福な貴族ではありませんが、本だけは沢山家にございますわ」

「そうですか。それで私はどのような者だとお考えなのですか?」

 アンディは楽しそうに聞いてきた。


「身なりの良さから名の知れた貴族の方だと思いました。ですが、こんな時間に館を抜け出すのですから、忙しいお仕事の休憩ではないかと思っております」

 アンディはにっこりと笑って言った。

「ほぼ正解です」

「うふふ」

 パールも嬉しそうに微笑んだ。


「パール様はどのような物語をお書きになるのですか?」

「色々と。お姫様や王子様の恋物語も書きますし、意地悪な魔女のお話も書きます」

「そうなんですか」

「ええ、物語の中では自由ですもの」

「自由……いいですね」

 アンディは少し切なそうな表情になった。


「また、お会いできますか? パール様とのお話は楽しいです」

「ええ、喜んで。今度は私の屋敷にお招き致しましょうか?」

「ランド家ですね。うまく執事の隙を突いて抜け出せれば良いのですが」

 それを聞いてパールは首を振った。

「お仕事は大事です。それでしたら、お時間がある時に、また森でお会いしましょう」


「仕事は大切ですか?」

 アンディが尋ねるとパールは頷いた。

「この国は税金が高めですから、稼ぐことも大切です」

「税金は高いですか?」

 アンディが難しい顔で聞いてきた。

「福祉と教育に力を入れている国ですから、文句はありませんけれども」

 パールはにっこりと笑顔で答えた。


「さあ、そろそろサンドイッチもなくなりましたし、休憩の時間は終わりに致しましょう」

「そうですか、もう少しお話を伺いたかったです」

「またお会い致しましょう」

 パールは名残惜しそうなアンディを森に残し、一人家に帰っていった。


「パール、何をしでかしたのですか!?」

 青ざめた顔でパールの母親は叫んだ。

「急に何ですの? お母様」

「お城から呼び出し状です。明日の午後、ランド家に迎えの馬車をよこすので、パール一人でそれに乗るようにと書いた手紙が届いています」


 パールも青ざめた。

「ええ!? 私何も……」

 一つだけ思い当たることがあった。森で出会った、王子と同じ名前を名乗った青年のことだ。もしかしたら、詐欺でも働いていたのかも知れない。

 パールは緊張しながら、母親に答えた。


「私、一つだけ思い当たることがあります。ですが、私は悪いことはしておりませんわ。ご安心下さいませ、お母様」

「そうですか。では、一番上等なドレスを着て行きなさい」

「はい、お母様」


 翌日、パールの心模様のように空は曇っていた。

「馬車が来ましたよ、パール。ご無礼の無いように気をつけるのですよ」

「はい、お父様、お母様」

 パールは一人、馬車に乗り込んだ。


 馬車は王宮に向かって走って行った。

「やっぱり、王子様と同じ名前なんて名乗るから私まで呼び出しがかかってしまったのではないかしら。大丈夫かしら、アンディ様」

 パールが一人呟きながら考えていると馬車が止まった。

「パール・ランド様、着きましたよ」

「ありがとうございます」


 パールは馬車を降りると、王宮の応接室までメイドに案内された。

「それではこちらでお待ちください」

「ありがとうございます」

 メイドが部屋を後にすると、パール一人が応接室にぽつんと残された。


「おまたせいたしました」

「え!? アンディ様!?」

「はい、パール様」

 アンディは、あのアンディだった。パールは口をあんぐりと開けてしまった。そのパールの表情を見て、アンディは愉快そうに笑った。


「あ、あの、失礼致しました。本当に王子様だったのですね」

「はい。貴方の推理はとても面白かったですよ」

「お恥ずかしい限りです」

 パールは真っ赤になって俯いた。


「スコーンと紅茶をお持ち致しました」

 執事が入ってきて、アンディとパールの席にスコーンと紅茶を置いた。

「立ち話も何ですから、座りませんか? パール様」

「……はい」

 パールは言われたとおりに座った。


「それにしても、何故、呼び出し状なんて。心臓が止まるかと思いましたわ」

「それは申し訳ありませんでした。貴方の想像力をかき立てられるかと思って、ちょっと意地悪をしてしまいましたね」

 アンディは紅茶を一口飲んで、話し始めた。

「忙しい仕事の合間に、森で休憩をしていたのは本当ですよ」


 パールは税金が高いと言ってしまったことを思い出し、冷や汗をかいた。

「私、政治なんて分かっていないのに税金が高いなどと申し上げてしまって……」

「ああ、それは気になさらずに。余分な出費を抑えて、すこしでも税を安く出来るよう工夫しようと思っただけですから」

「そうですか」

 パールはため息をついてから、紅茶を飲んだ。


「それで、今回の呼び出し状では、どんな物語を想像していたのですか?」

「アンディ様が偽物と分かって、事情を聞かれるのかと思いましたわ」

 アンディは面白そうに笑った。

「本物だと分かって、どうですか?」

「もう、心臓が止まりそうでした」

 パールはアンディを見つめて、一生懸命訴えた。


「また、空想の話も聞かせてくださいね」

「はい」

「それでは、スコーンも食べてください」

「いただきます」

 パールはアンディ王子の気さくさに心を奪われていた。


「森へはもう来ませんの?」

 パールの問いかけに、アンディは直ぐに答えた。

「行きますよ」

「それでは、森でお会いしましょう」

「いいですね」


 パールはお茶会を終えると、また馬車でランド家まで送ってもらった。

「お父様、お母様、ただいま戻りました」

「おかえり、パール。大丈夫でしたか?」

「ええ。お父様、お母様。大変楽しいお茶会でした」


 パールはまた、森でアンディと色々な話をしたいと思っていた。



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