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第三十九話 勇者の話



「……昔話、ですか?」


「はい。まあ、今回の事と全く関係ないわけじゃないですし」


「……構いませんけど」



 私がそう言うと、倫太郎さんはほっとした様子で話しを始めました。

 話し始めた倫太郎さんの目は、どこか遠くを見ているような感じでした。



「……前に、自分の事を仲間に話し合うってやりましたよね?」


「はい。確かそれもゴザ村で」


「あの時も、一部の話は抜かしたんですよ。なのでそれを話そうと思います」



 そうして倫太郎さんが話し始めたのは過去の話でした。

 幼い頃から要領が悪く、周りに支えてもらって生きてきたという事。

 小中高と周囲の人間に恵まれ、人間関係には不自由がなかったそうです。



「まあ、今思えば皆が僕に合わせてくれていたんでしょうね。本当にありがたかったですよ」


「……」


「まあ、全く困った事が無かったわけではないんですが……」



 続いて話は、倫太郎さんの家になりました。

 親類との間でお金に関する揉め事があったそうで、親はお金に苦労していたそうです。



「居候の奴が居ましてね。そいつが元凶なんです。最終的には家の預金全部おろしてトンズラしやがってまぁ……」


「え、それは……」


「それが高1の時で……本当に、うちの親はお金で苦労していましたよ」



 その後に、倫太郎さんも家計を助けるためにバイトをし始め、高校を卒業したのちは親の反対を押し切ってそのままの流れで働きだしたのだそうです。



「でも、卒業して二か月くらい経ってから親が買っていた宝くじが当たりましてね。数百万くらいだそうで、そこで親に言われたんです。お金に少し余裕もできたから、今からでも大学に行かないかって」


「……」


「正直ありがたくはあったんです。でも、自分で言い切った手前でしたから何とも言い出せなかったんですが、子供が金の事で悩むなって言われちゃいまして……そのまま次の年には受験を」



 その受験で無事に合格した倫太郎さんは、受かったところへと通う事になったんだそうです。



「僕は周囲の人に恵まれていたように思うんです。居候のあいつは別として、家族や友達、先生……本当はこれから恩を返していくはずだったんです。でも、」



 ……トラックにはねられる前の事だそうですが、その居候だった奴が自分を突き飛ばしたのだそうです。

 なんでも、その方はおろした貯金を使い切ったらしく倫太郎さんとその親御さんに金を無心しに来たんだそうです。

 家にいた親御さんは当然断ったそうで、偶然街中で会った倫太郎さんも断ったそうです。

 しかし、相手はそれに対して激昂し倫太郎さんと揉み合いになり、倫太郎さんはその時運悪く道路に突き飛ばされて死んだそうです。

 ……なんというか、その、大変な人生だったんですね……



「そいつ、変な宗教にはまっていたみたいで……人ってあんなに人相変わるんだなってちょっと驚いたっけなぁ」


「……」


「後はその時に神様に呼ばれて……元の世界には返せないって言われて、僕も相当ごねたから中々その後の処遇が決まらなくって……その後は女神さまも知っての通りですよ」


「そんな経緯があったんですね……」



 そんな話をする倫太郎さんは、懐かしむような感じでとても悲しそうでした。

 ……その居候が居なければ、丸く収まった話ですよね……。なんというか救われない話ですね……



「はじめは輪廻の輪っていうのに帰るつもりだったんですが……」


「……? そうだったんですか?」


「……まあ、戻れないのなら次は後悔しないように生きようって思ったんです」



 倫太郎さんは伏し目がちにそう言いました。ただ、なんとなく歯切れが悪いような気がします。



「ただ、ちょっと諸事情が有ってあたまおかしい挙動になっちゃいまして」


「諸事情ってレベルじゃないような……その諸事情って何ですか?」


「それは最後に。……最初は勇者と言われて、アニメや漫画の話みたいで少し興奮したのは覚えています」



 その後は倫太郎さんが今まで思ってきた事、感じてきた事などなどを話してくれました。

 基本的に言動は滅茶苦茶でも挙動がある程度理性的であった時は詳しく覚えているそうです。



「んで、自分で何でもできるって思っちゃったんですよ……馬鹿な事に」


「馬鹿な、事ですか」


「……それに期限も迫っていましたしね」



 期限。また倫太郎さんはよく分からない事を言いました。

 何の期限でしょうか?



「期限、ですか?」


「それも最後に。同じ事ですから」


「はぁ……」


「ですから、せめて勇者としての義務は全うしようと思っていたんです。でも、今回マントンに王城に入られて、多くの人が亡くなってしまって……」



 倫太郎さんは眉間にしわを寄せて、俯きます。



「本当だったら、あたまおかしい事やってる奴なんて邪険に扱われるもんです。でも、周囲の人はそれをしませんでした」


「……」


「それに、あれこれ出来たのは女神様からもらった権能、この世界に来て得られた魔術、翻訳してくれたアオさんや国の色々な方が居てくれたからです。結局、元居た世界と何も変わらず周囲に恵まれていただけなんですよ」


「そんなこと……」


「まあ実際は勇者だからっていう事もあるんでしょうけど……でもそれさえも全部、借り物の力ですから。僕は貰った力に胡坐をかいていた甘ちゃんだったんですよ」




 倫太郎さんは自虐気味にそう言います。

 倫太郎さんがそこまで思っていたなんて……でも、それでも自分を思い詰めるような理由にはなりませんよ。



「倫太郎さん。自分を責める必要はありませんよ。それに、倫太郎さんがいたから出来たことだってあるじゃないですか」


「いいえ。何もできていないんです。現に僕はあの場にいた皆さんをマントンから守り切る事は出来ませんでした」


「それは……仕方ない、とは言えませんが倫太郎さんは十分努力を……」


「いえ、していないんです。本当だったら助けられた命だったんです。確実に。でも……僕に覚悟が無かったんです」



 また、倫太郎さんは確固たる確信を持ってそう言います。



「どうやって、と言いましたよね。女神様?」


「……はい」


「マントンと戦った時と同じようにするだけです。あれで全部上手くいきます」


「……それは、」



 私は、正直あの時の倫太郎さんはおかしかったのであまり良くないと思うんですが……それを伝えようとすると、倫太郎さんはそれを手で制して先を進めます。



「今の僕には、魔王の進軍を止めたうえで魔王を倒しきる力は無いんです。だからしょうがない事です」


「倫太郎さん……」


「現実を見ていない、と言われるかもしれませんが僕は人がこれ以上傷つくのは嫌なんです。それに、方法があるのにずっと先延ばししていた自分にも嫌なんです。本当は最初から、この世界に来た時から出来たくせに。だから、だから……」



 倫太郎さんはそう言って顔を覆います。

 倫太郎さんも、私たちに見えないところで苦悩していたんですね……。

 ……でも、じゃあなんでその方法を今まで使わなかったんでしょうか。便利な方法があるなら、それで先に済ませたうえで楽しめばよかったはず。最初から使えたのなら尚更……なんででしょう?



「……倫太郎さん。でも変ですよ。そんな方法があるならなんで今まで使わなかったんですか?」


「……」


「そんな便利な方法があるなら、最初からあるなら尚更……」



 気が付くと、倫太郎さんが顔を手から離して遠くをじっと見つめています。

 でも、その目はどこも見ていないような、意志はあるのに何も見えていないような、そんな目でした。

 ……なんだか、すごくよくない感じがします。



「……倫太郎さん?」


「……元々、時間が無かったんです」


「えっ?」


「消えるのは怖いんですよ。でも、いずれはやってくる問題なんです。僕が貧乏くじを引いたってだけで……運が悪いとは思っていましたけど、あんまりですよ。希薄になっていって、時々フッと戻って……」


「り、倫太郎さん?」


「怖くなるんですよ。内側から溶けていくみたいで。でもどうしようもなくて……戻った時に一気に怖くなるんですよ。でも、そんな事……だから」


「どうしたんですか、倫太郎さん?」


「だからいたずらに時間を延ばして、先延ばしして……勇者としては失格なのは分かっていたんです。でも、こんな事になるなんて、なったから……」


「倫太郎さん! 気をしっかり持ってください!」



 私は、気付いたら倫太郎さんの肩を持ってゆすっていました。

 倫太郎さんは、どこを見ているか分からない目のまま恐怖に顔を歪めたり、頭を抱えたり、明らかに様子が変です。



「どうしたんですか!? 何を言っているのか分かりませんよ! 正気に戻ってください、倫太郎さん!」



 私がそう叫ぶと、倫太郎さんは私の方を見ます。

 その目に思わず慄いてしまいますが、ここで引いてはいけません。倫太郎さんは何か深いものを抱えています。

 きっとそれが今回の事につながるものだと予想しました。



「大丈夫ですよ倫太郎さん。倫太郎さんが消えたりなんかはしません」


「……」


「ほら、倫太郎さんはここにいます。私がついていますから、安心してください」



 そう言って私は倫太郎さんの右手を両手で包みます。

 倫太郎さんが何に苦しんでいるのか、なぜここまで苦しむのか、それが分かれば対処も出来るはず……。


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