第三十二話 マントンは変態、マントンは狂人、マントンは四天王、マントンは……
「不思議でしょ？」
「ぬかどこっ！」
マントンの放った蹴りが、倫太郎さんをまた吹き飛ばします。
倫太郎さんはあの後、私を守るようにして戦ってくれていますが……状況は明らかに不利です。先ほどからしばらく戦っていますが、倫太郎さんは先ほどから一方的にやられ続けています。
まさか、本気になったマントンは、倫太郎さんのような強い方でも手も足も出ないなんて……！
「今まで起きてる事、これから起きる事。不思議でしょ？ 不思議だなァ……なんでこんなに不思議なんだろうなァ……！」
「っく！ 『聖なる一撃』！」
勿論、私も援護射撃を欠かしません。白い光の矢をマントンめがけて放ちます。
しかし、マントンは防ぐ素振りすら見せず、直撃しているはずなのに全くの無傷です。
そんな……！ 全く効かないなんて、どうしたら……
「ねぇ、女神様？」
マントンが倫太郎さんを蹴りころがし、再びこちらに向き直ると今度は青白い光線を放ってきます。
それに倫太郎さんはすぐさま反応して、起き上がると同時に目にも止まらぬ速さで光線と私の間に割って入ります。
「り、倫太郎さん……」
「カラーフィルム。まがぬ」
倫太郎さんは、明らかにボロボロです。
あちこちから血が出ていますし、持っている盾も光線に焼かれて赤く熱くなっています。
その盾を支える手も無事であるはずがなく、肉が焼けるような音が聞こえてきます。
「りばーす」
「おっとぉ！」
倫太郎さんは、光線を防ぎながら、マントンに向かって赤い光線を打ちます。
マントンはそれを避けて回避しますが、それと同時に青白い光線が止みます。
「ストゥライクッ！」
「はっはぁ！ 効くかよ！」
回避したマントンへ、すかさず倫太郎さんは赤く焼けた盾を思いっきりマントンの顔面にたたきつけようと飛び掛かります。
しかし、マントンはそれを大きく屈んで躱し、身体を捻って倫太郎さんを天井にまで蹴り上げます。
「あっ……どぅっび……鯖みそ……」
「ほらほらほらぁ！ こんなもんじゃないでしょ勇者くぅん！」
天井から落ちてきた倫太郎さんを、マントンは弄ぶかのように蹴り回します。
倫太郎さんも、最早防御が追いついておらず、ただただ蹴られ続けているのと変わりありません。
骨が折れるような、肉が裂けるような、そんな音がこの部屋にこだましています。
こんな、こんな一方的な……こんな事は最早戦いですらありません。
蹂躙。そう呼ぶに相応しいものです。
「もう、もうやめてください！」
「うっせぇ！ お得意の回復魔術でも使ったらどうですか女神様ぁ！？」
そんなこと言っても、どうせ打ち消す癖に……！
でも、マントンがその気なら、私なんて数秒でやられてしまう。じゃあなんで私は無視して倫太郎さんばかり……！
「それとも、勇者は道具でしかないから別にやられても困りませんかね、女神様！」
「ぼげぁ！」
ついに倫太郎さんがこちらに吹っ飛ばされてきます。
片腕はあらぬ方向に曲がっており、盾も持っていません。そして、口には血が滲んでおり、素肌が覗く所からは青い痣が見えています。
その他にも、足は肉が一部はじけ飛び衣服を真っ赤に濡らし、衣服自体も一部ちぎれ飛んでいます。
マントンの攻撃がいかに苛烈かを表しています。
「まあ、魔術合戦になるとお互い互角だし、殴り合うしかないんだけど……まあ、そんな鍛え方の勇者には負けないね」
「り、倫太郎さん！ 大丈夫ですか！？」
「から……みそ……」
倫太郎さんはもう息も絶え絶えです。このままでは、例え無事に脱出できたとしても……！
「『回……」
「させるかボケェ！」
私が回復の魔術を掛けようとすると、マントンが魔弾を放って私を吹き飛ばします。
……痛い。痛い、痛い……！ どうやら、腕と、あばら骨が、さっきの攻撃で折れてしまったようです。
「ぐっ、うぅ、あ、ぐっ！」
「腕の一本でも逝ったかなぁ？ まあどうでもいいよ。あんたは後回し。まずは……」
そう言って、マントンは倫太郎さんの方へと歩みを進めます。
倫太郎さんの目の前まで来ると、マントンは勇者の胸ぐらを掴みあげます。
倫太郎さんは抵抗すらももうできないのか、ぐったりとされるがままになっています。
「どうして！ ……っ、どうしてこんなことをするんですか！？」
私は痛むあばらを抑えながら、たまらずに叫んでいました。
倫太郎さんを殺させるわけにはいかない。でも、私が出来るのは気を逸らす事だけ。
「私に恨みがあるのなら、私にすればいい事です！ 倫太郎さんは、関係ありません！」
「いやいや、関係大有りでしょ。こいつ勇者だよ？ 放っておけばいずれ敵対するでしょ？」
「それはっ……！」
「第一、確かに恨みはあるけどそれだけじゃないさ。敵はきちんと排除する。それは四天王のお仕事でもある。つまり、私情云々は関係あろうがなかろうがこの場ではどうでもいいの。お分かり？」
「ぐっ……」
確かに、立場としてはそれが正しいのでしょう。
でも、でも、だからと言って、倫太郎さんをこの場で死なせるわけには……！
「それにね、予定に少々変更が入ってね。本当はこんなタイミングで攻めるわけじゃなかったんだけど……」
「……一体、どういう……？」
「まあ、まずなんだけど、なんで僕がこの国に堂々と入れたか知りたくない？」
マントンは勇者が邪魔になったのか勇者を投げ飛ばして壁にたたきつけ、こちらの方を向き直ります。
「それはね、簡単な話。ほら君ら、勇者くんが転移してもお咎めなしってしたでしょ？」
「あれは……！ 選ばれた勇者に限った話で……！」
「まあまあ。そんなこったろうと思ったけど。……それってどうやって勇者かどうか判断してるのかなぁ？」
それくらいは知っています。勇者に選ばれた者には魔力に少々特殊な要素が混ざるんです。私達神に由来するものですが、それは特典ゆえに生じるものです。故に勇者にしかそれはないんです。
なので、それを特殊な魔道具で測定したうえで結界に当てはめれば、倫太郎さん以外の転移をほぼ防ぎ、また仮に転移されてもその異常をすぐさま検知できるわけです。
「あなたが、通れるわけ……通っても、すぐに」
「気付く。そうとも。そうともさ。でもさ、こう考えた事は無かった？」
マントンはそう言ってこちらの方へと歩み寄ってきます。
私の目の前に立ったマントンは、ニヤッと笑ってこちらを見下ろしてきます。
「僕は入れる条件を満たしているって、さぁ？」
「何を、馬鹿な事……！」
「いやいやいやいやいや、ねぇ？ 可能性としては十分あると思うよ。なんせ……」
マントンはそう言うと、目元のマスクをゆっくりと外しました。
「僕は、元勇者なんだから、ね？」
「！？」
