第三話 主人公の狂気再び
「では、無事に特典も決まりましたので、このまま送らせていただきます。ですが、決まりですので見た目は生前のままとさせていただきます」
「……」
倫太郎さんは不思議そうに自分の身体を見つめます。
見た目は至って普通の純日本人男性ですね。中肉中背、身長は一八〇に満たない程度ではあります。
筋肉も、決してついてないわけではないのですが筋肉質というわけでもないですね。
しかし、目の下には隈が出来ているのと黒に近い茶色の髪がぼさぼさで長いせいか暗い印象を与えますね。
その他、無精ひげが目立つ事を除けば一般的な男性である事でしょう。
「では、もう他にやりたい事が無ければこのまま送らせていただき」
「一つあります」
「はい! なんですか!?」
「私は一人で冒険するんでしょうか? それならそれで構わないのですが、事前に聞いておいた方が気持ちを整えておけるので」
倫太郎さんはそう言って頭を軽く掻きました。
ああ、貴方の目には今、正気の光が宿っています……! 願わくば、どうか、どうかこのままに……。
「一応、向こうでは私がサポートに回ります。向こうの世界に私の分身が居ますので、その分身の身体でのサポートとなりますね。。……まあ、こっちの私よりはずっと弱いですけど……。それ以降の仲間に関しましては、倫太郎さんの判断で決めていただきます。ですが安心してください! どんな事があっても私は倫太郎さんの味方ですから! 私と倫太郎さん、最初から最後まで共に頑張っていきましょう!」
「……えいえいおー」
「ふふっ。エイ、エイ、オー!」
そうして私は倫太郎さんを異世界の地上に送ると同時に自身の分身へと意識を移しました。
手順が正しければ、このまま倫太郎さんは王城にて行われるであろう「召喚の儀」で召喚されるはずです!
そして、私は倫太郎さんの仲間の一人。神に選ばれたとされる聖女の身体(分身)にて馳せ参じようと思います!
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意識はスーッとその世界の分身の者に重なります。
よし! これで準備は万端!
場所は、王城の……客間ですね。
肉体の情報を探ってみます。……なるほど、しばらくここで待つように言われていたんですね。
恐らく、勇者召喚の後に呼ばれる手はずなのでしょう。
「……ん?」
しかし、部屋の外が何やら騒がしい。
何かあったのでしょうか? 扉に耳を澄ませて外の様子を聞いてみます。
「……勇者の………………が……で……」
「召喚は…………だった……!!」
「一体…………ああ…………」
何やら召喚の儀でトラブルが発生したようです。
幸い、この身体は召喚の行われる場所を知っています。
急いでその場所まで行ってみましょう。
そう思って私はドアを開け放ち、外へと飛び出したのです。
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「ズンズン! ズンチャ♪ ズンチャ♪ ミサンドリーとミソジニーの合わせ味噌~♪」
「……」
「ずっぺろぽ~ん! びゃああああああああ!!!! ま゛す゛い゛ィィィイイイイイイイイイイ!!! アブシャビビロン! YES! なーい!!! なーい!!!!」
「うっ…………」
向こうには複数の人と聞きたくない声が聞こえてきました。
召喚の儀は、王城地下の神殿で行われたようです。そして、どうやら召喚の儀は無事に成功したようです。
……無事に……成功……う、うぅ……し、したんですよ、ね……ぅ……うぅ…………
「ゆ、勇者殿!? お、落ち着かれよ! 」
「勇者殿はご乱心だ! 誰か! 聖女様を!」
その人だかりの中で、誰かが私を呼びます。
ああ、嘘でしょ!? ば、バレる前にもう帰ろう……
「! せ、聖女様だ!」
「聖女様がおいでになりましたぞ! 我らの一大事に! 聖女様が!」
その人の中で誰か二人ほど私の存在に気付きました。
やだ……こんなんになったんじゃ、もうもどるにもどれないよぉ……おうちかえして……
「聖女様、ゆ、勇者殿が!」
「……」
私は無言でその場まで近づきます。
その先に居たのは……風見、倫太郎さんでした……。
ああ、夢だったらよかったのに……。
「……」
「鎌倉☆ハイビーム! おらぁ! メンタルブレイクすんだよあくしろよぉおおおおおお!!! 文明会館! やめて! おつりはまかせろー!!!」
「やめてほしいのはこっちですよ……」
倫太郎さんは、服はそのままに半狂乱になったように手足をばたばたさせています。
いえ、事実半狂乱なのでしょう。私にはさっぱり分かりませんが。
「ちょわぁぁぁああああああああ!! んぴょぉおおおおおおおお!!!!! ほわぁああああああああああああああ!!!!! ああああああああああああああああああああ!!!!! あんころ餅ィ!!!!!!」
「うっ……うっ……」
いけない……涙が出てきちゃう……
さっきまで、普通に会話できてたのに……なんで!? ねぇ! なんでぇ!?
なんでよぉ……うぅ……もうやだよぉ……
「呼ばれてきてみれば……なんだこれは? 騒々しい」
そんな風に私が泣きそうになっていると、突然背後から誰かの声が。
振り向くと、そこには白銀の鎧に身を包んだ金髪の男の人が立っていました。
「……こいつはなんだ?」
「あ、アレックス副団長! ……その、ですな、ゆ、勇者殿でして……」
「勇者? ……この、狂人がか?」
アレックスさんは心底驚いたような表情をしています。
そりゃそうでしょうね。私もそう思います。
「……おい、男。勇者というのなら、答えてみ」
「おぺれけちょんぱぁ! とっぴんぱらりのプゥルセル!」
「……話にならん。こんな者、勇者ですらないだろう」
アレックスはそう言って倫太郎さんを見下ろします。
すると、人だかりの中で、ローブを身に纏った女性がこう言いました。
名前は、確かローザさんでしたか。宮廷魔術師を束ねるトップでしたっけ。
「いや、確かに言動や行動は狂人そのものだがこの男からは尋常でない魔力を感じる。勇者として呼ばれた者で間違いない」
「しかし、このようなただの狂人を勇者として認めろというのか?」
「……とりあえず、私は鎮静の魔術をかけてみようと思う。狂気が感情によるものなら、一時的に鎮めれば話位は出来るだろう」
「……許可も無しにそのような事が許されるとでも?」
「知らないわけではあるまい? 今は魔王軍による各国、各地域の侵略が相次いでいる。この勇者はいわば国民の希望だ。このまま外に出す事がどのような事になるのか分からぬわけではあるまい」
「……」
「幸い、ここには国王陛下もいらっしゃる。陛下、いかがいたしましょう?」
そう言ってローザさんは人だかりの一番奥へと目を向けます。
人だかりの一番奥には、王冠を冠りマントを羽織った老齢の男性の姿が見えます。
この国の王にして私……の身体の父親、ヴァンダム・ジェンキンス国王です。
この、ジェンキンス王国のお偉いさんですね。
「……よい。してみせよ」
「はっ! ありがとうございます!」
ローザさんはそのまま倫太郎さんに近寄ります。
そして、どこにもない空間から杖を取り出しました。
転移系の魔術の一種でしょう。
杖を使う、という事は魔力の増幅を行うためですね。そのための杖ですし。
多分、勇者……倫太郎さんの魔力量を見て、レジストされる可能性を考慮したのでしょう。
「『静まり給え』!」
「!!」
その呪文と共に、倫太郎さんの身体が薄い青色に発光し出します。
その光に包まれると倫太郎さんは次第に動きが静かになっていき、最終的には落ち着いたように……いえ、死人のように黙ってしまいました。
静かになった倫太郎さんに、ローザさんが語り掛けます。
「……勇者殿、こちらの言葉が分かるだろうか?」
「サイレントミサイル……」
「……」
倫太郎さんの発言を聞きローザさんは訝し気に首をひねります。
「再度お尋ねする。こちらの言葉は分かるだろうか?」
「イソフラボン踏んだ?」
「……陛下、申し訳ありません。心を落ち着かせる魔術になら心得はありますが、狂人の精神を正す魔術は持ち合わせておりませぬ故……」
ローザさんはとうとう諦めてしまった。そりゃそうよ。私も諦めたいよ。
「……そうか。では、この男をしばらくはこの城で預かる事とする。客室の一つに通す事にする。異議はないな?」
「「「ハッ!」」」
国王陛下、ヴァンダムさんの命令で、皆一同はそれに従う事となりました。
まずはアレックスさんが倫太郎さんに近寄っていきます。
「では私が連れて行こう。ほら、立て」
「ピースフルッ!?」
倫太郎さんは肩を掴まれると突然跳ね起き、アレックスさんの腕を払いました。
アレックスさんは驚きつつも、改めて倫太郎さんに詰め寄ります。
「……陛下のお言葉を聞いていなかったのか? ほら、立て!」
「!!」
次の瞬間、倫太郎さんがアレックスさんに飛び掛かるのが見えました。
アレックスさんはそれに対し、表情を一切変えないまま倫太郎さんを迎え撃ちました。
「ふんっ!」
「おわさび!?」
アレックスさんは至近距離にまで近づいた林太郎さんに拳を振るいますが倫太郎さんは間一髪で避けます。
それどころかアレックスさんの肩辺りを掴んで足を払い、アレックスさんを転倒させてしまいました。
「ぐっ!? ……貴様……!!」
「はにゃほれひろほれ、メガワット消毒1」
「!!」
再度倫太郎さんはアレックスさんへと向かい、素早い連続蹴りを繰り出します。
二、三発アレックスさんは避けた後に足を掴みますが、反対に倫太郎さんはジャンプしてアクロバットのような動きをしてアレックスさんの腕を極めてしまいました。
「ぐっ!?」
「……皆の者ぉ! ぃよく聞けぃ!」
アレックスさんの腕を極めたまま、倫太郎さんが突然喋り出します。
……こ、今度は普通だよね……?
「ぅ私こそぉ、風見ぃ倫太郎ぅ、でぇすぅ。以後ぉ、あ、お見知りおきをぉ!!!」
「「「……」」」
辺りに響く倫太郎さんの声に、すぐさま答える者はいませんでした。
しかし、しばらくしたのちにヴァンダムさんがゆっくりと倫太郎さんに尋ねました。
「その力、確かに見せてもらった。ただものではない事は、皆の者にも伝わったじゃろう……勇者よ、名は倫太郎でよかったのだな?」
「はい! YES! はいと書いてイェスと読ませるゥ!」
「……勇者よ、私は上辺だけの礼儀など要らぬと思うておる。真に重要であるのは、その心であると思うておるのだ」
「……心?」
「そうだ。……お主を呼んだのはほかでもない。この世界を脅かす存在である魔王を、どうか討ち滅ぼしてほしいのだ」
「……」
「無論、見返りはそれ相当のものを用意しよう。世界の命運を救ったのなら、その生涯を不自由させない事、そして有り余る財と可能な限り望みの物を用意させてもらおう。故に」
そう言ってヴァンダムさんは、アレックスさんの足を極め続けている倫太郎さんの近くまで寄ってしゃがみ、頭を下げた。
「「「陛下!?」」」
「この通りだ。私の不甲斐なさでこの国とこの国の民を危機に晒している。
本来ならば、私の身勝手と未熟さ故の不始末をお主に押し付けるのは図々しいにもほどがある。
しかし、しかしこの国と民をそれに巻き込むわけにはいかぬ。
守るべき責務を守れなかった、愚かな私には最早、勇者倫太郎殿、お主を頼るほかない」
倫太郎さんに跪くヴァンダムさんは、悲痛な面持ちで言葉を続けます。
「勇者殿……どうか、この国を、民を救っては下さらぬか。その心を、どうか今しばらく、この国に預けては下さらぬだろうか」
「……おじいちゃま……」
倫太郎さんはヴァンダムさんの顔を見て、そう呟きました。
……おじいちゃま、て……一応、国王陛下なのに……
「分かりました! 力の限り、僕頑張らせていただきます。うぅ~、エイ!」
そう言って倫太郎さんはアレックスさんの拘束を解くとバク転の要領で跳ね上がりそのまま空中で二回転程して着地を決めました。……なんだか、納得がいかないような……
「勇者として呼ばれた以上、やるほかありませんな! いぇーい! ブイブイ! 誠心誠意、がんばりますん!」