第二十七話 焦燥する勇者
「国王陛下とお話を……?」
「ラビッツ」
「そうじゃ、と言っておるの」
王城で一夜を明かした私たちは、新たにジョージさんを加えて旅をする事となりました。
ですが、その前に倫太郎さんが国王陛下ことヴァンダムさんとお話になりたいのだそうです。
「それなら、支度はもう終わりましたし、再出発する事を伝えるとともに今からでも行きましょう。」
「ぐっどらっく」
「分かったそうじゃ」
「それでは行きましょうか」
謁見の間へと向かうまで、私たちは特に会話をする事もなくただただ廊下を進んでいました。
ちなみに、あの後ジョージさんはアレックスさんへと報告のために一度別れています。
この王城を出る直前に合流する予定ですが……。
「ジョージさん、大丈夫でしょうか」
「何がじゃ?」
不安からつい口をついてしまった言葉に、アオさんが反応します。
「いえ、現状まで動けなかったとはいえ騎士団のトップです。王様の許可があったとしても、騎士団の団員たちはどうだろうと思いまして」
「上の者が決めた事は、下の者は従うじゃろ。気にする事はあるまい」
「……そうですね。少なくとも、私がどうこうできるような問題ではありませんし」
「そうじゃそうじゃ。上の者には上の者の責任がある。今わしらが考えるべきは魔王の討伐なんじゃろう?」
「……ですね」
そう、勇者さんが呼ばれた理由。それはあくまで四天王やそのほかの魔物を束ねる魔王の討伐。これこそが最も重要であるべき事です。
そのためには、誰の協力だって惜しんでいる余裕はありません。倫太郎さんでも、どうやらあのマントンが相手では一筋縄ではいかない事が分かったんですから。
「……あ、もうすぐです。こちらですよ」
廊下を歩み進んだ私達の先に、大きい両開きの扉が見えてきます。ここに国王陛下が居る事でしょう。扉の両隣りには見張りであろう騎士の方々が見えます。私はその御二方へと話しかけます
「お勤めご苦労様です」
「ああ、聖女様……いえ、この場では王女様の方がよろしいでしょうか」
「お気になさらずとも、好きなようにお呼びください。……国王陛下との謁見をしたいのですが……」
「ええ、いらっしゃいますよ。どうやら王女様たちをお待ちの様です。どうぞ」
私をお待ち……? 何か予定でもありましたかね? そうして騎士の方たちは会釈をしたのちに扉を開けてくれました。
謁見の間には、玉座に座る王様、そしてその身辺警護であろう騎士の方が何名かいらっしゃいました。
「おお、レイラ! 今から旅立つと聞いていた。見送りに護衛の何人かでもつけようと今話していたところだ」
ああ、なるほど。見送りでしたか。
「お父様、ご機嫌麗しゅうございます。お見送りの件は後にしてはいただけませんでしょうか。旅へと向かう前に勇者様がお父様とお話がしたいのだそうです」
「そうであったか……うむ。勇者リンタロウよ。報告の時にも伝えたであろうが重ねて言おう。ゴザ村の一件に関しては感謝する。あのマントンを退けるとは、見事なり。それなりの礼もせねばなるまい」
「ほぼほぼラジオペンチなんですけど」
「ラ、ジオ、とは……?」
倫太郎さんは明るい声でそう言います。しかし、その言葉を聞いた国王陛下は何やらよく分からなそうな微妙な表情になっています。
「えぇっと……アオさん、翻訳してあげてください。多分伝わってないと思いますので」
「はぁ……仕方あるまい……」
アオさんは少し面倒臭そうにしながら、咳ばらいをします。
「……勇者はまともに口が利けぬ事が多くての。わしが訳すが、よいか?」
「ふむ、そなたは……湖に住まう水神、であったか」
「いかにも……さて、勇者はどういたしまして、と言っておるの」
アオさんがそう言うと、今度は勇者さんが早口でさらに言葉を続けます。
「今日から三段活用のお勉強を始めましょう。ゲットゲッターザゲッティスト。なおこの単語には何の意味もありません。良かったね、時間の無駄だ!」
「礼というのなら、今から述べる事を進言として聞き入れてほしい、と言っておるの」
アオさんの言葉に、国王陛下はやや顔を顰めます。
「それは……ものにもよる、としか言えぬ。うぅむ、とはいえ聞いてからしか判断は出来ぬ。よい、ひとまず聞かせてはくれぬか」
「春の強行採決日和も甚だしい事この上なく存じます。決定的な献血の不足により、今日も今日とて大騒ぎ! キまってるかぁ? お が く ず だ ら け !」
「まず一つ目に、あのマントンはどうやら自分を狙っているようだと。そのためあちこちを動き回るのは良くないと。迎え撃つのに最適な場所に留まるか、動くとしても長くひとところに留まるのは良くないと素早く移動してなるべく短い時間で事を済ませるつもりだ、と言っておるの」
「報告にはあったが……なるほど、マントンは勇者殿を狙ってきていた事は事実の様子。勇者殿の懸念ももっとも。私はその提案に異論はない。拠点など必要なものが有ればその都度都合しよう」
倫太郎さんの言葉に私も納得します。まあ、マントンは普通に明言していましたが、それ以外の四天王も、一番の障害となる勇者を狙ってくることは十二分に考えられます。
とはいえ、マントンが狙ってくる事はほぼ確定している事でしょうし、動きには十分注意しなくてはいけません。
「良かれと思った超☆ラクゥなアバターの見極めが肝心。しょうもない半端なケツ顎で世の中を誑かすのは吝かではないが、それにしてもなんだか熱くなってきましたね。脱ぎましょうか?」
「二つ目に、それに伴い四天王、魔王がどこにいるのかをおおよそでよいから知りたいらしいの。前述の事と合わせて、なるべく早めに討伐したいのだそうだ」
ここに来て私は少し違和感を覚えました。倫太郎さんが、勇者としての仕事を果たしてくれるのはとてもありがたい事です。でも、語り口からもすこし急いでいるような気がします。
……確かに、早く済ませられるのならそれが一番ですが、早さばかり重視していて準備が間に合わなければ元も子もありませんし、ゆっくりとはいかないまでも焦らずともいいような気はするのですが……。
倫太郎さんの発言を受けた国王陛下も、少し不安そうな顔をしています。
「うむ、その心は非常にありがたい。……だが、無理はしないように努めてほしい。私は何も、勇者殿に死んでほしいわけではない。……それとも、何か画期的な策でも思いついたのだろうか?」
「こみこみでドドドっとね。究極的なパンケーキって最早概念を超越したハニーソース大好き」
「なんと……! っと、すまぬな。勇者は、他の四天王は分からないがマントンだけならば対策はあると言っておる」
「それは本当か!」
王様は驚いたように目を見開きます。
確かに私も驚きです。まさか、あの一回の戦いだけで何か勝つ算段を思いついたのでしょうか?
「グミってようはゼラチンとジュースの塊……うわなにをするやめろ~!」
「ただし、まだ早いと言っておる。それに一対一の状態でかつ、周囲に者の少ない広場のような場所でないと厳しいと言っておるの」
「……にわかには信じがたいが……よかろう。その時が来たら、勇者殿に任せよう。場所の手配はこちらでいくつか候補を挙げておくとしよう……他にはないだろうか?」
「ぼへぼへのガムゴム。君が見ている事は知っているんだ。ほら、機械仕掛けの箱から見てる君達だよ。おはよう、こんにちは、こんばんは、さよなら」
「最後に……ふむ、これは無事に事が済めばだそうだが、勇者は事が済んだ後の状況の改善にも協力したいと言っておるの」
「? ……それは、どういう事だろうか?」
王様は首をかしげています。
事が済み次第、というのは魔王討伐が済んだ後という事、と思いますが……
「プレジュース、プレジュース。ウラジュース、ア↑オオオオォン↓いあいあ。三十五角形のちくわぶ。ほら見て! ここが新天地! 鼻で笑われた者達が集う理想郷ですよ!」
「勇者の持論として、勇者という存在は『原因の根絶、状況の一時的かつ効果的な回復』を担うものだと思っているのだそうじゃ」
持論、ですか。そう言えば、倫太郎さんは勇者という自分の立場をどのように考えているかは私も触れる事はありませんでしたし、少し気になりますね。
「……続けていただこう」
「ライフイズオーバー。注目度では半分並以下の期待値程度のサル。知ってますか? 要所要所で囁かれる歯磨き粉の味。チョコミントが歯磨き粉の味だっていった奴出てこいや! それが良いんだろうがふざけんな! お前ら無いの? 歯磨き粉食べた事? 幼い頃にとかさ!」
「魔王の討伐が無事に済んだ後には、色々な面で協力したいのだそうじゃ。じゃが、あくまで持続的な回復や維持は勇者の領分ではなく、それ以上は過干渉になると考えている、とも言っておるの。勇者としては現状で対処が難しい事を素早く、短くすべきであると」
「……勇者殿は良く考えてらっしゃるようだ。確かに、事が無事済んだ後にもやるべき事は山のようにある。その時にご助力いただけるとなれば、こちらとしても大変ありがたい。その申し出はぜひとも受けたい」
「僕からは以上です」
「これで全てだそうじゃ。……もうええかの?」
アオさんは少し疲れたようにそう言います。
それを受けて国王陛下は頷きます。
「うむ。大変意味のある話し合いであったと私は思う。勇者殿、勝手な都合で呼びつけた我々が言うべき事ではないかもしれないが、来てくれたのがそなたで良かった」
「惚れ惚れする竜胆。君のハートにチョコクランチ」
「……もったいない言葉だ、と言っておるの」
「いや、勇者殿の活躍によって長い間膠着状態であった今が動き出そうとしておる。今後、何か困った事が有れば、遠慮なく申し出ていただきたい。こちらも出来る限り協力しよう」
そうして、謁見が終わった後私たちは城をあとにしました。




