第二十二話 これで一つながりもおしまい。っていうか、この長い題名かつ連続に続く話なんて読者の皆様ももう見飽き③
「希少なダクト孔に奉る、大鏡の三十九千羽織式、情弱の必定」
……倫太郎さんの話はよく分からないので、アオさんに翻訳していただいています。
内容としては、ごくごく普通の一般家庭に生まれた一般市民であるという話です。
一浪して合格した大学を卒業したのち、就職も無事決まってさあこれからという時にトラックにはねられて死んでしまったという話でした。
……これはこれで重いなぁ。
「何? 勇者、お主は死んでおるのか?」
「アオさん。詳しい話は私から。様々な理由はありますが死後の魂だけとなった者、或いは何かしらの理由がある人達に、私たちは力を貸してくれるようにお願いするんです」
「断られたらどうするつもりじゃ?」
「その時は、あるべき輪廻の流れに還っていただくだけです。あくまでお願いですから」
「なるほどのう」
それからは、一度自分の世界の神様の方に呼ばれて、どうするかが決まっていなかったタイミングで私が倫太郎さんを引き取った、という流れになるのだそうです。
「……元の世界の神とは、つまり倫太郎のいた世界の神という事かの?」
「はい、そうなんです。この世界は、たくさんの書物の様に様々な形の世界がたくさん存在しているんです。それで、倫太郎さんは別世界から来た存在なんです」
「……にわかには信じ難い話じゃが、まあよかろう。ところで、レイラ。お主はその元の世界の神とは会った事はあるのかの?」
「ええ。それがどうかしましたか?」
「……いや、いい。それよりも、戦士の出でもないというこの勇者の動きは、明らかに素人の動きではなかった。これはいったいどういう事じゃ?」
ああ、これは倫太郎さんに渡した『生長』の権能によるものですね。
「それはですね、倫太郎さんには力を貸していただく代わりに特別な力を授けているんです。だから普通の人よりもずっと強くなっているんです」
「……それはお主が授けるのか?」
「もちろんです」
「そうか……すまぬ、勇者。話を切ってしもうたの」
そうアオさんに促され、倫太郎さんは再び話を続けます。
今、両親は元気だろうか。死んだ後はどうなったのか。PCのハードディスクの中身を誰も見ずに破壊してくれただろうか、等々……。
「目面蹴りって、正味意味がないよね。窮するときには皆死ぬんですから」
「……なるほどな。それは死後には誰もが当然抱こうものじゃな」
「……代わりになるとは決して言いませんが、倫太郎さんにはこちらの世界で自由に人生を謳歌する事が出来ます。私達には、それぐらいしかできません……申し訳ないです」
「みみみみ。ぶっちゃけ、てょにってもももんがぽんでしょ? ああそうね。質問ある?」
「ほかに質問はないか、と言っておるの」
質問ですか……そうですね。
「一つあります。時々、普通に意思疎通できる事もあるじゃないですか。でも普段はあまり会話が出来ないというか……どうしてなんですか?」
「ふむ、どうじゃ勇者?」
「聞き出す調子にもにょるけど……ワイハー? ……てめぇ、いい加減にしやがれよ。ワイハーはねぇっつってんだろ?」
「……あまり詳しくは言えないが、どうしてもそうなるそうじゃ。普通に話せる時もあれば、そうでない時もあると思ってくれて構わんそうじゃ」
「という事は……意思疎通、というよりは私やアオさんの言葉は問題なく分かるって事でいいですか?」
そう言うと倫太郎さんはこくんと頷きました。
あ、はいかいいえだったら普通に会話になりそうですね。今後はそういう会話中心にしましょう。
「アオさんの方は、何かないですか?」
「そうじゃの……」
そう言うとアオさんは少し難しそうに何か考え始めました。
「そうじゃの。この機に確かめるべき事もあるじゃろうて。ではな、勇者」
そう言ってアオさんが勇者の方に向き直りました。すると、
「……!」
「……倫太郎さん?」
倫太郎さんは、アオさんの方を真顔でじっと見ています。……どうしたんでしょうか?
「う、あ……」
アオさんは、何故か質問を言いません。何故でしょうか?
「お、お主……」
「いってごらん。ほら、なにがききたかったんだい?」
倫太郎さんの声は初めて聞くような抑揚のない声でした。
全くこちらの様子を気にすることなく、アオさんの方にだけ倫太郎さんは視線を注いでいます。
……ってあれ? 普通に会話できてる?
「ぅ、ぅぅ……」
「きいてごらん。どうしてもききたいんだろう」
「ぃ……」
アオさんは、竜の時の姿くらいに真っ青になっています。
アオさんの様子がおかしいです。これはいったん止めましょう。
「アオさん。大丈夫ですか」
「……」
アオさんはすごく震えています。寒いんでしょうか?
おまけに凄く汗をかいています……風邪ですね、これは。冷えたのでしょうか。
「ちょっとアオさん様子がおかしいので、いったんこれでお開きにしましょう。勇者さん、いいですね?」
「ちうちうちうちう、きょうめね、ぱんぱかぱーん!」
次の瞬間には倫太郎さんは申し訳なさそうに頭を下げました。
「それじゃあ、とりあえず倫太郎さんは宿屋の主人さんから何か身体を拭くものをいただいてきてはくれませんか?」
そういうと倫太郎さんは頷いて部屋を出ていきました。多分伝わっているでしょう。
「アオさん? 大丈夫ですか?」
私が、そう声をかけるとアオさんは部屋を一瞥したのち、私の腕をがっしり掴んで私を引き寄せて小さな声でこう言いました。
「分からんかったのか!?」
「……ッ、ど、どうしたんですか?」
「……お主は、分からんかったか?」
「な、何の話かは分かりませんが、多分分かりません。どうしたんですか?」
「……」
そういうとアオさんは少し黙ってしまいました。……どうしたというんでしょう。
「……のう、レイラ」
「はい」
「さっきの勇者の様子は、おかしくはなかったか?」
そう言われてさっきの様子を思い返します。
確かに、普段見ない表情で、声で、まともに会話が出来て……うーん、普通、という意味なら普段の様子が既に普通じゃないんですが、普段通りかと聞かれれば普段とは違いましたね。
「……確かに、ちょっと変ではありましたね。それがどうかしましたか?」
「……旅の途中、あのような勇者は、見たことあったかの?」
「ないですけど……」
そこまで答えると、アオさんはがっくりと項垂れてしまいました。
……確かに、様子は変でしたがそれがどうしたんでしょう。
「勇者さんがどうかしたんですか?」
「……今日の事を覚えておいてくれい。わしゃ、気分が優れん。少し寝る」
「……分かりました。お大事になさってください」
そこまで言ったあたりで、勇者さんがドアをノックする音が聞こえてきました。
どうやら拭くものを取ってきてくれたようです。




