第二話 今回は真面目。比較的真面目。
「先ほども言いました通り、私は異世界に行く事には極めて賛成です。そう酸性。酸性雨も真っ青なほどに、ってそれはアルカリやんけー!!」
「……」
倫太郎さんは盛大に一人で自分に乗りツッコミをした後に、黙っている私を見て今度は笑い転げ始めました。
……やだよう、このひとこわいよう。
「リトマス試験紙の上に蚕が立ったってね~。ヘールボップ彗星。ドチャクソ便利」
「……異世界に行って下さるって事でいいんですね」
「はい、そういうとるでおまんがな」
「でしたら、異世界に旅立つあなたに一つだけ特典を授けたいと思います」
倫太郎さんはそのまま座った姿勢で、しかも終始真顔で私の話に返答してくれました。
……怖い。確かにこの人は怖い。でも逃げちゃだめだ。私はあくまで頼む立場。そう、せっかく多少なりと話を聞いてくれる風になったんですから、なんとか今のうちに話を進めないと……!
「では、特典に何が欲しいですか? 可能なものであるのなら、なんでもお好きなものをおっしゃってください。あ、でも、向こうの知識に関してや言語などは私が色々調整したり頑張りますので……」
「スモーキン。君には確約の概念が無いようだ。ちょうど刺身にされる哀れなカミキリムシの幼虫がごとく。はいここ、テストに出るよー」
「……うっ……」
逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ……!
「と! 特典でぇ! 欲しいものを! 言ってくださぁい!!!!」
「盾」
「……えっ?」
「盾がいいな」
「た、盾、ですか? あの防具の……」
そう言うと、倫太郎さんがいきなり立ち上がってこちらへと真っ直ぐに走ってきました。
こ、こわいこわいこわいこわいこわいこわい!!!!!
「盾はぁああああああああ!!!! 武器じゃぁあああああああああ!!!!」
「ビェエエエエエエエエ!!!!」
「盾はなぁ、まごう事無き武器なんだよ女神様。分かっておられますか女神様? 盾はねぇ、殴る事も体重を乗せてタックルする事も出来る防御も他の武器に比べてしやすい防犯対策にも使われるいわば万能武器! そう、武器! 武器なんですよ! みんなどいつもこいつもやれ盾は防具だのやれ盾は装飾品だの、お前ら頭の中に脳みその代わりに豆腐の搾りかすでも入ってるんちゃうか!? あ゛!? おまけにテーブルにもなるんやぞ! 弾除けだけだと思うなよ! 盾の裏に催涙スプレーや伸縮可能な警棒、その他お金や物を入れておくスペースもある! はるか昔の時代じゃあ、盾は他の武器とも一緒に使われてた事からもその有用性かつ汎用性がよみとれますことでしょぉおおおおおお!!?!? 分からんのですか!? 私は知っている、知っておるぞぉおおおおおお!!! 盾が無ければ戦いの有利不利にも響くレベルだったのですからなぁああああああ!! テ ス ト ゥ ー ド っ て 知 っ て る ? 盾壁だよぉおおおおおおおおおお!!! 盾! の! 壁! ローマの神秘ィ! 守りながら一方的に戦えるその様は、使い方によってはだけどまさしく最強の一角! それこそが盾何でしゅううううううう!!!! この盾であなたのハートにシールドバッシュ♡ やかましいわボケェ! 盾ってものの有用性を語るのに外せないのはやはり素材の話からでしょうなあ! 防弾もできるレベル3の盾! 軽くて持ちやすい、女性にだってお勧めできるポリカーボネイト製の防刃盾ェ! そしてそして、やっぱり原始的、原点にして頂点の木製の盾ェ!!! 木の柔らかさを使って剣の刃を受け止めたうえで使用する事こそその本義ィ! 形状も欠かせないィ! 大体の盾はやや反った形をしていて攻撃を受け流しやすく、また弾きやすい形になっていますぅ!!!!!!!! そうパリィ! パリィ神拳! 個人的にはシールドバッシュの方が好きだけどパリィもかっこいいよね! 僕は人生をパリィしたいィ! アンびゃあああああああ!!! パリィ! シールドバッシュ! シールドチャージ! 盾は万能! 全宇宙とこの世の法則、そしてこの盾の存在こそがそれを認めているゥゥウウウウ!!!!! はっきり分かる事でしょうがぁああああああ!!!」
「ヒィィイイイイイイ!!! はいっ! はいっ! 分かりましたぁああああ!! 盾! 盾! 盾が良いんですね!? 分かりましたぁ!!」
そこまで私が言うと倫太郎さんは突如無言になり、そのまま至近距離にまで迫っていた顔をゆっくりと離してくれました。
「うっ……ヒグッ……そ、それじゃあ、盾の中で好きなのを選んで下さいね……」
そう言って私は、女神の力の一つを使います。
その力によって、倫太郎さんの手元に紙の束が用意されました。
あれは、この世界に持ち込める盾の資料の一覧です。
種類はより良いものに絞りましたが、効果や性能の違いを考えるとそれでも二百種類はくだらない量になってしまいました。こ、こればっかりは仕方ないですよね……?
「わーい! 盾二刀流! 盾二刀流! ぼく、だーいちゅき!」
倫太郎さんは若干幼児退行が見られるような言葉を発しつつ、資料の方に駆け寄りました。
……今更ですが、この人以外じゃダメでしょうか。なんだか、もうすっかり疲れてしまいました……。
「……」
しかし、倫太郎さんは資料を数ページ見てピタリと手を止めました。
決まったのかと思っていましたが、倫太郎さんはいきなり顔を上げてこちらを見てきました。
しかも真顔で。
「あの、ここにある盾って言うのは行った先の世界では作る事が出来ないものなのでしょうか?」
「えっ? ……いえ、作れますが武器を作るにあたって必要な素材などがありまして……」
「……ではその素材も一緒に見せてもらう事は出来ませんか? この資料、性能は書いてあっても素材は書いてないんですよ」
「……分かりました、少々お待ちください」
何を言われるのかと思いましたが、意外と普通な事で安心しました。
なぁんだ、普通の会話もできるんじゃないですか。っていうかさっきも出来てましたもんね……。
なんで普通に会話ができるのに、わざわざあんな風な物言いをするのでしょうか……。
等と私が考えている間に素材付きの資料が出来ましたので、それを倫太郎さんに渡します。
「ありがとうございます。拝見しますね」
そう言って倫太郎さんはその資料をしっかりと読み込み始めました。
……そう、こういうのですよ! こういうのを待っていたんですよ!
普通の会話! 意味不明な文字の羅列なんかじゃなくって、ちゃんとした文!
会話の撃ち合いのような意味不明なものなんかじゃなくって会話のキャッチボール!
ああ、まだ仕事の途中なのにもう全うしたような気さえしてきました……もう、いいよね? ゴールしてもいいよね?
「……読み終わりました」
「はい。それでお決まりになりましたか?」
「いいえ、盾はやっぱりやめます」
そう言って倫太郎さんは資料を返してきました。
えっ……? せっかく作ったのに、要らないんですか……?
「それより、魔術の才能が欲しいです。異世界ならありますよね、魔術?」
「え……あ、はい、ありますけど……」
「けど、なんでしょう?」
「倫太郎さんには要らないと思います。だって、これから行く世界では倫太郎さんより上の魔術の才を持つ方はいないんですから」
「……」
私は林太郎さんにありのままをお伝えします。
そう、彼が勇者たる基準の一つに何かしらの力を持ったものでなくてはならないというのがあります。
これは前にも言ったように資質の事です。今回の倫太郎さんの場合、魔術に関しては天才的なレベルなのです。
「倫太郎さんの元居た世界には魔術は存在しませんでしたから分からなかったと思うんです。でも、倫太郎さんは元居た世界と今から行く世界、その両方の世界全ての人の中でも特に遥かな量の魔力、そして魔力を扱う才をお持ちなんです」
「……どれくらいですか?」
「……魔力の量、魔力を扱う才、共に私達、亜神レベルです。人間の中では異常な事ですがありえない話ではありません。というよりは、なぜ今まで亜神ではなかったのか不思議なほどです」
「……魔法使いにしては、あと七年ほど足りませんけどね」
「えっ?」
「えっ?」
何を言っているのかはさっぱり分かりませんが、とりあえず先を促しましょう。
「故に、その願いは既に適っていると言いますか……それ以外の方が良いと思います」
「では、どんな時でもどんなものでも十全に使いこなす、みたいなものってありますか?」
「……物を最高の状態で扱うものならあります。内容は倫太郎さんのおっしゃった形とほぼ同じです」
「ならそれがいいです」
「わかりました。では……」
私はそう言って倫太郎さんの額に手をかざします。
これより倫太郎さんには『権能』と呼ばれるものを渡します。
『権能』は、全ての神と一部の者だけが持つ稀有な能力の事です。
能力……というよりは、指向性のある法則といった方が近いのですが……そんな事はどうでもいいでしょう。
魔術とは別で、魔力を使う事はありませんが魔術と似た現象を引き起こすものが一番近いですね。
しばらくして、倫太郎さんには権能を渡す事が出来ました。
「……これで、倫太郎さんには『生長』を渡す事が出来ました」
「どんなものなんですか?」
「物や道具に対して最適な方法での成長をしたり、道具に対する慣れや扱いを感覚的に習得するものですね。植物が深くかかわっている権能なので、『成長』ではなく『生長』なのですね」
「字が想像できなかったんですけど、生きるの生の方か成るの成の方の生きる方ですか?」
「はい、そうです」
物だけではなく、肉体や身体の構造なども物としてみなされるので身体能力にも影響を与える代物ですが、いずれにせよ扱う者が人なので人型による限界はありますが、汎用性の高い権能ですね。
「肉体の成長にも影響を与えるものなので、是非とも活用してください」
「はい、分かりました」