第十九話 唐突に挟まれるシリアス回って、ねぇどんな気持ち? ねぇねぇ! 教えてよ!
唐突に放たれた、アオさんからの質問に驚いて私はアオさんを見つめます。
「その身体からにじみ出る神威、神性……普通、人は神性を宿さん。だというに、お主のは本当にごくわずかじゃったが、勇者のは駄々洩れもいいところじゃ。双方とも、何かしらの加護を受けておる事は自明の理じゃろう」
アオさんの言葉に、思わずギョッとしてしまいます。
確かに、私は神の意思として、倫太郎さんは神の手によってこの世界にもたらされた存在として、神性はある程度ある事でしょう。
でもまさか、アオさんが感じ取っていただなんて……!
「最初は神から何か使命を受けたものかと思うておった。そういう奴は長く生きとれば幾人かは見るでの。じゃが……っ、お主の神性、勇者の神性はよく似ておる。これは偶然かの?」
「そ、それは……」
「実はの、最初は勇者に尋ねたのじゃ。祝勝会の後に、お主の元へ戻る前に。そうしたらあやつは、お主に聞けと言ってきおってな」
「そんなことが……」
そんな事があったんですか……。私も初耳です。
「……お主は何者か。あやつは何者か。わしは何に手綱を握られておるのか。いずれも、わしに聞かせてはくれぬかの?」
そう言ってアオさんはこちらをじっと見つめてきます。これは下手な言い逃れをすると不味いですね。
……あんまり、こういうのをバラすのはよくないんですが気付かれた以上はしょうがありませんね。
「……アウレ、と私の事を最初に呼んでいましたよね、アオさん」
「……それが関係するのかの?」
「はい。アウレ、というのはジェンキンス王国の国教でもある宗教の、ある女神の名前なんです」
「! まさか……」
「はい。私は、勇者である倫太郎さんを手助けするために来た、女神アウレの分身なんです」
「……という事は、あやつは使徒……」
「はい。勇者、倫太郎さんは別の世界から来ていただいた方なんです。私が彼をこの地に招きました。元々はただの人、普通の市民の方です」
……ここまで言ったからには、周りに言いふらされないように口止めもしなくちゃいけません。
そこから続けようとすると、アオさんが手のひらを向けて私の次の句を止めてきました。
「待て。という事は、勇者はここに連れてこられた後にあのようになったのか?」
「いえ、異世界に来るかどうか尋ねる時からあんな様子でした」
「ではどうやって了承をとりつけたのだ? お主はあやつの言葉が分からんじゃろうに」
「……まともに話す時もあったんです。その時に許可をいただきました。倫太郎さんに聞いていただいても構いません」
「……」
アオさんは恐らく疑っているのでしょう。勇者が何故ああなっているのか。また、どうやって私が彼を連れてきたのか。彼の意思を無下にしていないかと。
非人道的なことなのは理解しています。故に、本人に決定権を持たせ、そのうえで特典を付けるという措置にしているのですが、何せ本人はずっとあんな感じですし。無理やり連れてきたのではないか、と疑うのも無理はありません。
「……すぐに理解していただけるとも、信じていただけるとも思いません。私も、本来なら旅の終わりまで隠すつもりでしたし」
「……じゃろうな。こんな事、余人に言うても狂人の戯言と思われるのが関の山じゃろうな」
「……申し訳ありません。本当なら、ともに旅をする仲間なら早々に伝えるべき事なのに……」
「いや、わしの方こそすまなんだ。そんな事情が有ろうとは知らなんだからの……。であるのなら、こちらも隠すわけにはいくまい」
そう言ってアオさんは、私の目を見ながらこう言いました。
「わしの知り合いが、魔王の腹心の部下たる四天王の一人におる。そやつとは、魔王のもとに下るか下るまいかで袂を分かったがそやつとの古き決め事でな。どんな時であろうとわしが呼べば一度はわしの元に来るかあやつの元へと行けるはずじゃ」
「っ!」
四天王の一人が知り合いで、呼べる……!? どういう事なんでしょうか。
「そ、それは……?」
「言ったじゃろう? 古き決め事じゃと。魔王の元に下る代わりに、いかな時であろうとたった一度だけ会いに来ようという決め事じゃ。相手方が動けぬのならば、わしの方にあやつの居場所が分かるようになっておる。ただし一度きりじゃ」
「その方は……?」
「火の竜じゃ。かの火山の頂上に棲んでおった。名は知らん」
「……!!」
その情報が正しいのならば、恐らくその火の竜とは『火のエスペランザ』の事でしょう。
魔王軍の四天王、その紅一点。赤き身体の、火を操る火山の化身……間違いありません。
「必要とあらば、お主らの旅のために使う事もいとわん……どうじゃ?」
「それは……」
確かに、使いようによっては何でもできそうではある。特に、火のエスペランザは拠点をよく移動するので正しい居場所が掴めないのである。それでいて、行動を起こす時には甚大な被害をもたらす存在でもあります。でも……
「……どうして、ですか?」
「ん? 何がじゃ?」
「さっきの話、私が女神で倫太郎さんを連れて来たっていう話です。あんな話をされて、そんな相手ならむしろ信用できないでしょう。なのに、なんでそんな重要な話を……」
「ふむ……」
私の話した内容は荒唐無稽な話である事は自覚しています。
それに、仮に話の内容を信じてくれたとして、そんな事を行った私には不信感を抱かないはずがありません。なのに、なんで……
「お主が言ったんじゃぞ?」
「……えっ?」
「わしらは仲間じゃろ? そりゃ、話すと言ってもなんでもは無理じゃ。じゃがな、信用できる程度には、わしはお主らを見てきたと思うたんじゃが」
「……」
たかが数日。されど数日。私と倫太郎さんとアオさんは旅をしました。
荒唐無稽な事や滅茶苦茶な事が多かったと思いますが、その中で彼女は私が信用できる存在だと認めてくれたのでしょうか……
「でも、そんなに長い事一緒にいたわけじゃ……」
「長い短いなんぞは、若いうちよ。年を重ねれば、ある程度見れば人となりは見えてこよう。そも、付き合いが悪ければ一日と待たずにわしはおさらばしとるの」
「……」
「そういう意味では、お主らを信じてはおる。それに、何もわしにも打算が無いわけではないぞ?」
そう言って、アオさんは笑ってみせます。
「まあ、わしにも整理のつかんところはあるでの。ここはお互い、少し考えてはみんか?」
「考える……ですか」
「そうじゃ。じゃからこそ本当は勇者も交えたかったが、確かにあやつの言葉はお主には分からんかったの」
「ふふっ、そうですね」
突然の質問に驚きはしましたが、確かに私たちは互いに知らない事が多いように思います。
これを機に、互いの事をもっと知るように心掛けた方がよいかもしれません。
「ではの。あまり思いつめんようにの」
「はい、ありがとうございます。アオさん」
そう言ってアオさんは去っていきました。
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「……」
……わしは、レイラの元から離れつつ考えておった。
あの娘は嘘は言うてはおらん。だからこそ、わしは言えぬことが一つあった。
「……」
あの勇者、あやつからは確かに神性が溢れておる。
じゃが、その神性は決して一つのものからだけではない。
「……」
禍々しくも純粋な、異様なそれは、あの娘の神性を押しのけてまで溢れんばかりじゃ。
緑色に幻視するほどに、濃い神性。あんな、あんなもの、今まで見た事もない。見たくもない。
あれは人が背負いきれるものなのじゃろうか。いや、そも人が背負えるものなのじゃろうか。
わしと初めて会うた時にはそれほどでもなかった。あれほどではなかったというに、飴を貪って城に戻ったあたりから、あれはその勢いを増しとる。なんじゃあれは。
「……」
もしや、あやつは娘と会う前に、何か得体のしれないものに魅入られておるのではなかろうか。
あやつの狂気の源泉は、もしやあの禍々しい神性にこそ……
「……わしは、」
……わしは言えんかった。あの娘に、あやつを取り巻く恐ろしい神性、それを言えんかった。
あの娘はあれについては恐らく知らん。全く気づいておらんようじゃしの。ならば、何なのじゃあれは。女神と称した娘が気付けぬ、あれは一体。
「……信じておる等と、よくもまあ……」
わしは、言えんかった。……あれは、あれは恐らくわしの手にも、あの娘の手にも負えまい。
わしは、恐ろしかったのじゃ。あの神性が。あれを背負うて人の形を保っておる、あの勇者が。
じゃが、間違いなく言える事は一つ。あれは勇者を守っておる。じゃが同時に勇者を狂わしておる。
「言うても、どうにもできる者はいまい……」
本当に恐ろしかったのはあの娘と話して居る時じゃった。あの神性の主はわしの言葉に気付いておった。レイラと話すわしの言葉に。もしわしの言葉に、あの神性の主の不興を買うものがあれば、今頃どうなって……っ。
「……ふぅ」
……何が起こるか分からんかった。想像するも恐ろしい。あれを向けられただけで臓腑を握られたと思うた。真にわしの手綱を握っておるのはあの神性じゃ。じゃから、じゃから……わしは、恐ろしかった。じゃが、そんなあれに、あの娘を巻き込むわけにはいかん。
「……嵐が過ぎ去るのを待つばかり、じゃな」




