第十七話 まあ、今日だけ大目に見てもええやろ……
「ゴザ村の方にですか。なるほど……」
「今度はレイラの出番というわけじゃの」
「もう少ししたら、虚弱体質の半減%が得られるはずだったんでございました……!!」
大臣に呼ばれた二人は、しばらくしたのちに戻ってきました。
なんでも、ゴザ村にいたバリアナを無事討伐、更にはその大将でもあるガルドーザさえも打倒したために外部からの大きな危機というのは当面なさそうであるという話でした。
それ故にバリアナによって蔓延した疫病の、その治療に関してをこの私の身体である聖女レイラに依頼したいというのが、大臣が一番伝えたかった事らしいです。
では、今後の予定はこれに決まりですね。
「確かに大きな危機は去りましたから、後は疫病に苦しむ人々を癒すだけですね」
「そうじゃの。それとな、勇者の転移に関してならば特例的に認めるという話になったそうじゃ。見た目はキチガイでも、悪人ではないとの事での」
「まあ、それはそうですけど……」
私はそう言いつつ勇者、倫太郎さんに目を向けます。
倫太郎さんはどこからか持ってきたのか文字の書かれたプレートを首から下げ、床に正座しています。
プレートには、どこで習ったのかこの世界の文字で、それもかなり達筆な文字でこう書かれていました。
『私は聖女様の犬です。聖女様の命を受け、ただいま辱めを受けております。決して手を差し伸べないでください』と。
「って、何してんですかぁ!!?!?!?」
「SMごっこだよ。僕はM役」
「やめてください! そんなプレート、誤解を招くだけですから!」
「え? 私の事は遊びだったんですか?」
「ふざけないでください!」
私はそう言って足音を立てて歩み寄ろうとしますが、勇者は正座の姿勢のままゆっくりと浮かび上がると音もたてずに空中を滑るように移動し始めました。
ちょ、待って! 盛大な誤解につながる! レイラちゃんの立場が私のせいで滅茶苦茶になっちゃう!
「ま、待ちなさい!」
「や~だよ。あっかんべー」
「子供ですか! 本当に不味いですから! 止まって! 止まってよぉ!」
そう言って空中をそこそこの速さで駆ける倫太郎さんと必死で追いかける私。
当然、大勢の貴族の方の注目を集める形になりました。
「えぇ……うそやん」
「聖女様が? マジで?」
「ないわー」
「勇者様と聖女様はそのような?」
「これは、また……」
「捗りますなぁ……」
と、割と冗談じゃない噂を残して戦勝祝賀会は幕を下ろしました。
その後は事実無根のとんでもない噂がこの一部の貴族間で広まり、国王陛下からレイラに「噂は本当なのかね?」という旨の確認が来る羽目になりました。
勇者、マジ許すまじ。
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時は変わって翌日。場所は客間。ここで今回やるべき事の打ち合わせを行う事になりました。
まあ急な話ではあるのですが、昨日の今日でゴザ村の早速向かってほしいと頼まれたためです。
代わりにこれが終わり次第、私達にはしばらく休みをいただけるそうです。
「……」
倫太郎さんは、昨日と同じで首からプレートを下げています。
しかし、そこに書かれている文字は、昨日とは変わっていました。
内容は、『激安! 大安売り! もってけドロボー! 大概の事を圧縮できるスーパーナノイオンコロコロがなんとイチキュッパ!』となっています。
「……倫太郎さん」
「テルミット反応。溶鉱炉と融解炉」
「ふむふむ、昨日の事は若気の至りと勢いでやってしまった。反省している、と言っておるの。んで書いてあるのはその詫びだそうじゃ」
「……」
……書いてある事は詫びには見えませんが、倫太郎さんは少しだけ悲しそうな表情でそう言っています。
まあ、多少反省しているなら呑み込んであげるのも女神の度量ってもんです。いいでしょう。
「……今後は、こういった事はしないでくださいね?」
「究極的なかにかま」
「善処する、と言っておるの」
まあ、本人が注意するならいいでしょうか。
「それでは、えーっと転移で行きますか? それとも馬車で?」
「効果覿面っていうのはさ、なんていうかこう、白くてまん丸い、幼少期の爆弾みたいなものなんだよね」
「転移でいいだろうと。それと、……なんじゃ?」
倫太郎さんがアオさんに何か耳打ちしています。なんでしょう?
「自身も治癒魔術が使える、との事じゃ。頼ってくれ、とも言うておるの」
「それはありがたいです。ぜひお願いします、倫太郎さん」
なぁんだ、そんな事なら別に内緒話みたくしなくてもいいのに。
それなら倫太郎さんにも頑張っていただきましょう。
「境界を超えるとき、境界もまたあなたを超えようと画策している……オブラート!」
倫太郎さんの声に伴い、私たちは前と同じく光に包まれました。
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「来たどー!」
そうして私たちがついた場所は、前と同じくゴザ村の入り口です。
入り口には、既に村長をはじめとした比較的健康な方々がこちらを迎えに来ていました。
「! あ、あなた方は……聖女様、という事は勇者様一行……?」
「はい、村の方々の治療に参りました」
「おお! ありがたい! 私はこの村の村長を務めていますぺリニアと言います。よろしくお願いします」
そう言って手を出してきたのは、村長である女性の方でした。
眼鏡をかけている、年は見た感じ四十~五十代といったところの、とても落ち着いた方でした。
「では早速、村の教会の方へ案内します。どうぞこちらに」
そう言ってぺリニアさんは私たちの先導をし始めます。
そう、この村には治療を行えるような場所が殆どなく、病を患ってしまった方は治癒魔術の一部が使える聖職者の方々がいる教会にやっかいになるほかないのです。
そうして私たちがぺリニアさんについていこうとすると、何故か倫太郎さんだけが後をついてきません。
どうしたんでしょうか。
「倫太郎さん? 早く行きますよ?」
「天の祈りの祝福の、」
「はい?」
「僕らの民の、昔からの希望の」
「はぁ……」
倫太郎さんはそこそこの声で何かを呟いています。何をしているのか気になっているのでしょう、村の方も何人かが倫太郎さんの様子を興味深げに見ています。
ああ、また変なモードに入っちゃったんですね。分かります。分かりましたよ。
こうなったら私が引っ張って行ってあげましょう。
「いいから、早く行きますよ……」
「天知る地知るあがみちる!」
「!? えっ!?」
突如、私が倫太郎さんの腕を掴んだ瞬間に倫太郎さんは浮かび始めました。
私ごと。
「う、うそぉ!?」
「ほんとなんだ。マジなんだ。ウーロン杯決定戦開幕」
「ちょ、ちょっと!」
浮かび上がる速さは尋常じゃなく、あっという間に村人の方々が小さな粒のように……
あ、怖い。いくら聖女でもこんな高さから落ちたら無事じゃすまないぞこれ。
「こ、こんな高さに来て何する気なんですか! 早くおりましょうよ! っていうか落とさないで下さいよ!?」
「みんなを癒す。その願いが! 聖女殿の宿願ではなかったのですか! えぇ!?」
「い、いやそりゃそうですけど、でもこんなとこに来る必要なかったんじゃ……」
「見ていてくだされ、常世の神よ。おお、我が所業をご照覧あれ!」
そう言うと、倫太郎さんは両手を振り上げました。
それと同時に、村中にキラキラと光る光の粒子がふりまかれ、私の手が倫太郎さんの腕から離れました。
って、ええええええええええ!? 離さないでって言ったのにぃ!
「う、うわぁぁああああああああああ!!!! お、ちるぅぅぅぅうううう!!!!!!」
村は光に包まれていく。そんな様を見ながら、私は徐々に地面に近づいてきます。
まずいまずいまずいまずい! くっ! こうなったら!
「お願い間に合って! 『主の吐息を』!」
地面に頭から激突、その数メートル手前で私の身体はふわりと風に包まれ、ゆっくりと足から着陸しました。
この魔術は、簡単に言えば風を操って衝撃を和らげたりするものですが、まさしくこの場に適した魔術というわけです。あってよかった、『主の吐息を』。
……じゃなくて!
「……倫太郎さん、本当に……」
……本当なら怒りたいところですが、倫太郎さんが行った魔術は治癒魔術の中でもかなりの高難易度かつ高威力の魔術です。『癒しの雪』、でしたっけ。
空から雪のようなものをふらせるという、天候操作の魔術のような見た目ですが、分類は結界というものです。範囲は恐らく……この村全部でしょうね、多分。範囲内全体に、癒しを齎すという魔術だったはずです。治癒魔術を志す者にとってはある種の到達点でしょう。
「……」
故に分かった事は二つ。
一つは、この魔術によって恐らく疫病の人たちはほぼ完治したであろうという事。治癒魔術を真面目に修めた教会に属する者ならば一発で分かる事です。
もう一つは……
「……もうあの人一人でいいんじゃないかなぁ?」
私の出番は完全になくなった、という事でしょうか。
私が来た意味なくなっちゃったでしょ! どうすんの!? 私に来た依頼だったんだよ! この意味ちょっとは考えてよ!




